‘韓国・朝鮮関連一般’ カテゴリーのアーカイブ

資料室: 韓国・朝鮮関連一般

「韓国併合への道 完全版」呉善花著、文春新書、2012年7月発行、¥830(税込み)

著者は1956年、韓国・済州島生まれ。「スカートの風」正・続・新(三交社・角川文庫)、「私は、いかにして「日本信徒」となったか」 (ワック、2011年改定新版)など、多数の著書がある。「攘夷の韓国 開国の日本」(文春文庫)で第五回山本七平賞を受賞。本書では日朝修好条約が結ばれた1876年前後から日韓併合(1910年)に至る約35年間の、自力で朝鮮半島の近代化を成し遂げることのできなかった韓国側の問題点を分析している。
本書(完全版)は2000年1月に発行された同書に、併合後の社会・経済・文化の発展と戦後韓国の反日政策の欺瞞について論じた新たな二章(「日本の統治は『悪』だったのか?」と「反日政策と従軍慰安婦」)を加えることにより、完全版にしている。

「日韓がタブーにする半島の歴史」 室谷克実著、新潮新書、2010年4月発行 、¥720+税

著者は、1949年東京都生れ。時事通信社ソウル特派員などを経たジャーナリスト。韓国・朝鮮や古代シナの歴史書などを基に、古代日本は朝鮮半島から稲作などの各種の先進文化を学んできたという俗説の嘘を暴いている。朝鮮半島最古の正史「三国史記」(高麗時代の12世紀半ばに成立)には新羅の基礎を造った王や重臣の多くは倭人と書かれており、古代シナの「隋書」には新羅も百済も倭国には優れた品々が多く文化大国として敬仰していたと明記されている。「新羅の主食は粟だった。新羅の滅亡から、およそ九百年後に“日帝”が凄まじい財力を投入して農業基盤整備事業を推進するまで、半島の庶民は銀シャリ(白米100%の飯)など口にできなかったのだ」(第二章より)。稲作の日本列島への伝播は中国・雲南省から東シナ海を経由して九州へのルートであることはすでに科学的に証明されている。いわゆる邪馬台(ヤマト)国の位置に興味を持った人なら、「三国志」の記述から倭国は日本列島だけでなく朝鮮半島南部の一部を占めていたことも常識でしょう。「韓は帯方郡(ソウルを中心とする地域。当時のシナの勢力圏)の南にあり、東西は海を以って限りとなし、南は倭と接し、四方は各四千里ばかりだ」(三国志・韓伝)(ここにある倭のさらに南に対馬国がある)。
著者は本書で、韓国・朝鮮の捏造史観の源流とでも言うべき歴史についても追求している。著者の言う「超夢想的朝鮮民族絶対主義史観」は真実の韓国・朝鮮の歴史に対する劣等感を克服するための韓国・朝鮮人の夢物語なのだろうが、歴史の真実を直視できない民族に明るい未来はないと言えよう。「愚人は悪口を語って、その斧によって自分自身を斬り割くのである」(サンユッタ・ニカーヤの中村元訳)。
人文系の学者に科学的思考態度が欠如していることは一般的なことかも知れないが、そこに唯物論という近視眼的な悪魔の思想が加わると、目的のためには手段を選ばないという考えになる。「かれは、身で悪行をなして、ことばで悪行をなして、心で悪行をなして、身体が破壊したあとで、死後に、地獄、悪しき処、苦しみの処、堕ちた処に生まれる」(同上)。中国や韓国、日本の愚かな国家的ウソつき指導層に、筆者は憤りを通り越して、むしろ憐みを感じている。

「韓国 堕落の2000年史」崔基鎬著、祥伝社黄金文庫、2006年6月発行、¥571+税


著者は1923年生まれの韓国人。中央大学、東国大学経営大学院教授などを経て、加耶大学客員教授。筆者は著者の古代史に関する朝鮮半島と日本の関係についての理解に全面的な同意はしないが、朝鮮半島の真実の歴史を簡潔に理解するのに適当な書物である。韓国の学者が朝鮮半島史の真実を直視して描いていることに意義がある。同時に、共産主義政権とでもいうべきアメリカのルーズヴェルト・トルーマン政権が、日本を去勢するために押し付けた日本国憲法を天与の聖典視して、国防をアメリカまかせにしている現代の日本人に対する警告の書ともなっている。ソ連が崩壊した後もなお共産主義思想(と戦勝国)が撒き散らした日本を貶めるためのウソ(政治的プロパガンダ)がアジアを始め広く世界に拡がっており、政治的にアジアから共産主義勢力を一掃することこそが、平和な生活を希求するアジア近隣諸国民に対する日本の責務である。国防を外国に依存しても、外国には外国の事情があり、いざとなれば寄合所帯の国連など何の役にも立たない。日本は一日も早く憲法を改正し、自国を護れるだけの正規軍を整備すべきです。国防をシナの王朝に依存し、腐敗を極め、ついには滅亡せざるを得なかった李氏朝鮮の轍を踏んではならない。現代においてこそ、日本には新たな富国強兵政策が必要とされているのである。
「韓民族は、李成桂が李朝を開いた一三九二年以降、一九一〇年まで五一八年間に及んだ暗黒時代を通じて、両班が党派を組んで空理空論を戦わせ、血で血をもって争うのが、政治だと錯覚するようになった。」、「李氏朝鮮は、安定した社会をつくるために必要な継続性がなかった。政治とは党派を組んで、相手を蹴落とすことでしかなかった。・・・このような環境のもとでは、公共精神が育ちようがなかった。法が軽んじられ、勝つことが正義となった。」、「壬辰倭乱は晩年の秀吉が、明を征服しようという誇大妄想的な夢を描いたことから起こった・・・一五九一年六月に、対馬藩主の宗義智がソウルにやってきて、はじめて「仮道入明」を正式に請うた。・・・だが、李朝は明を宗主国として仰いで慕っていたから、もとからこのような要請を受け入れるはずがなかった。・・・戦闘が始まった。日本軍は快速をもって進撃し、釜山浦に上陸した二〇日後に、ソウルを占領した。・・・朝鮮は、正規軍を持っていなかった。つまり、まったく無防備状態にあった。・・・宗主国である明に、急いで救援を請願するだけだった。明に防衛をすべて委ねていて、他力本願の属国根性しか持っていなかったからである。」、「今日の日本が、アメリカ文化を競うようにして模倣して恥じることなく、アメリカに国家の安全と未来をすべて託しているのを見ると、李氏朝鮮の中国に対する事大主義を想起せざるをえない。」、「日本の皇室が神話から生まれ出て、ひたすら神事に没頭する無私な神官の一家であって・・そのような伝統を持つ皇室を戴いてきた日本民族は、幸せである。日本の皇室は明治から昭和二十(一九四五)年まで、西洋を模倣した一時期を除けば、王室よりも修道院に似ていた。日本も・・天皇家がなくなれば、李氏朝鮮と同じようになる可能性が高い。・・・天皇家は日本人にとって、安全弁のようなものだろう。」、「五一八年間続いた李氏朝鮮も、北朝鮮のこれまでの歴史も、中国の悠久の歴史も、残酷きわまる流血の歴史である。百姓を奴隷の境遇に転落させ、文字どおり限りない収奪と、大量の餓死が繰り返された。」、「李朝は倒れるべくして、倒れた。李氏朝鮮は儒教の朱子学を国教として定めながら、美辞麗句を弄ぶ裏で、私利私欲に駆られた党派抗争に耽って、汚れきっていた。おぞましい階級制度によって、民衆をほしいままに苦しめて、収奪した。李氏朝鮮は今日の北朝鮮とまったく変わらず、人民には餓死するか、公開処刑によって死ぬか、強制収容所に入る自由しかなかった。・・・李氏朝鮮は骨の髄まで腐りきっていた。そこで人民の解放は、韓日併合という他力本願のものとならざるをえなかったのである。」(本文より)
ちなみに、高麗王朝を裏切って李氏朝鮮を開いた李成桂は韓族ではなく、女真族(満洲族)との有力な説がある。李氏朝鮮後期の内情を知るうえでは、有名な「朝鮮紀行~英国夫人の見た李朝末期」(イザベラ・バード著、時岡敬子訳、講談社、1998年8月発行、¥1,733[税込み]:1894年~1897年にかけて著者が朝鮮を旅行したときの記録。日清戦争前後の激動の時代です)以外にも、以下の書物がある。
・「朝鮮幽囚記」ヘンドリック・ハメル著、生田滋 訳、平凡社、1969年2月発行、¥2,100(税込み):江戸時代に長崎へ向っていたオランダ商船が東シナ海で遭難、乗組員(三十数名)が朝鮮に幽囚の身となったときの李氏朝鮮を書き残している記録。
・「朝鮮旅行記」ガリーナ・ダヴィドヴナ チャガイ著、井上紘一 訳、平凡社、1992年3月発行、¥2,940(税込み):1880~90年代、複数のロシア人が朝鮮を旅行したときの記録。

「竹島は日韓どちらのものか」下條正男著、文春新書、2004年4月発行、¥680+税

著者は1950年長野県生まれ。15年間にわたる韓国での研究生活を経験。歴史的な数多くの資料を駆使して(現在の)竹島が日韓どちらの領土かを論じている。歴史的には鬱陵島(あるいはその属島)を竹嶋と呼んでいた時期があり、その竹嶋について日韓に過去、領土問題が存在したことを明らかにしている。その当時、現在の竹島は松島と呼ばれており、領土問題などまったく存在しなかった場所である。
現在の竹島が歴史的にも国際法上も日本の領土であることは、You Tubeでも以下のように説明されている。


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