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資料室: 大東亜戦争(太平洋戦争)関連

「太平洋戦争は勝てる戦争だった-文系支配が敗戦をもたらした」山口九郎右衛門著、草思社、2009年8月発行、¥2,000+税


著者は1931年、神奈川県生まれ。石油会社勤務時、テキサス大学を卒業(修士)。
著者は本書で、アメリカはヨーロッパとアジアの両方で戦争をしていたのだから、日本が太平洋戦争(大東亜戦争)に負けたのは工業力の差ではなく、国家の経営力の差であったということを、航空戦力の詳細な分析などを通して主張している(ただし、あまり読みやすい本ではない)。
具体的には、①空軍省の設立、②航空燃料の自給自足(人造石油の開発)、③(軍用機の)少品種多量生産の社会化、④航空技術力の集中活用法、⑤少年操縦員と科学技官の優遇人事、⑥最高指導層の特別教育(国民満足の再教育)などの欠落を敗戦の要因として挙げている。それらすべてに実現の可能性がなかったわけではないが(実際は日本は日米戦争を想定しておらず、当時の統治システムでは実現が困難であった)、物的証拠により論理的・科学的に物事を進めていくという方法(著者は、帰納法的思考のルールと表現している。数学的・理科的思考方法のこと)がマスコミを始め国家の指導層に欠けていた(いわゆる文系支配)のが原因だと分析している。同じ傾向は戦後の日本の国家組織や政治的指導者、マスコミなどにも共通して存在しており、日本の政治的指導層の体質は戦後もほとんど改善されていない。そのことを端的に示しているのが最近の原子力(放射線)をめぐる政策の混乱である。放射性物質の崩壊過程に伴って放出される極微粒子(Heの原子核、電子、中性子、陽子)の高速な流れや電磁波(広い意味でのエネルギー)が放射線であるにも関わらず、放射線を何かフグやハブなどの猛毒のような、あるいは砒素や青酸カリのような猛毒物質と同じような扱いをして、わずかな放射性物質の除染などに貴重な血税を浪費している(福島県の飯館村でも1000ベクレル弱=0.02マイクロシーベルト程度の放射性物質量)。物質的エネルギーには良いも悪いも無く、ただ波長(周波数)の違いや強弱(量)の差があるだけで、たとえば、同じ熱でも厳冬に白金カイロは有難いが猛火は人の命を奪うようなものである。一定限度までの放射線(エネルギー)は人間の健康増進や病気治療に有用であることはすでに数多くの科学的研究により立証されている(“「医師がすすめる低放射線ホルミシス-驚異のラドン浴療法」川嶋朗監修、ローカス、2008年7月発行、¥1,143+税”、“「医師がすすめる低放射線ホルミシス2-ラドン浴の実践」川嶋朗監修、インフォレスト、2009年11月発行、¥1,400(税込み)”、“「放射能を怖がるな!ラッキー博士の日本への贈り物」T.D.ラッキー著、茂木弘道訳・解説、日新報道、2011年8月発行、¥1,000+税”、“「「放射能は怖い」のウソ」服部禎男著、武田ランダムハウスジャパン、2011年8月発行、¥980+税”、“「明るい未来への道筋 原発興国論!」渡部昇一著、月刊Will2012年4月号掲載、ワック出版”[後に、「原発は、明るい未来の道筋をつくる!」としてワックより出版(2012年4月発行、¥476+税)]など参照)。具体的には、危険量の閾値(上限)は急性被爆で100ミリシーベルト程度、慢性被爆で年間1万ミリシーベルト(1日毎時平均約1.14ミリシーベルト)。下限は年間2~3ミリシーベルト(自然環境)。健康に最適の値は年間100ミリシーベルト(1日毎時平均約11.4マイクロシーベルト)で、毎時10ミリシーベルトまでは人間の遺伝子(DNA)は修復能力を持っていることが科学的に証明されている(1996年)。これだけの科学的データがあるにもかかわらず、日本政府が非常識な規制値にこだわるのは、日本政府が国際放射線防護委員会(ICRP、民間組織)の勧告を批准しているからです。ICRPの勧告は80年も前の研究データによる仮説に基づいて作成されており、ここ30年余りの数多くの研究結果をまったく反映していない。ICRPはガリレオ・ガリレイの地動説を異端としたローマ教皇庁の現代版である(ちなみに、ローマ教皇庁がコペルニクス説禁止の布告を出してから地動説を正式に承認するまで、376年かかっている)。科学に政治が介入すると、考えられないような愚行を続ける典型的な例と言ってよい。日本政府は一日も早くICRPから抜けて、多くの科学的データに沿った原子力政策に変更すべきです。
原子核反応により放出される主な放射性物質(核種)は、セシウム137、ストロンチウム90、ヨウ素131、プルトニウム239なのだが、これらの物質が体内に取り込まれた場合の化学毒性については、特に有害だとの報告は無い。ただ、ヨウ素131だけは甲状腺に集積されるので注意を要するが、物理半減期が8日間と短く(生物半減期は80日)、大量の摂取でない限り、日常、通常のヨウ素127の含まれるコンブなどの海藻類を摂取していれば特に心配する必要は無い。原発を持つ国では通常、大量の被爆に備えてヨード剤を備えるようにしているようだが、ヨード剤は妊婦にはリスクがあったり、ヨードの過剰摂取の問題などもあり、ほんとうに大量摂取の危険のある時は避難するのが最善である。[なお、セシウム137は筋肉や全身に、ストロンチウム90は骨や歯に、プルトニウム239は骨、肝臓、肺に集積される(“世界の放射線被爆地調査”高田純著、講談社、2011年4月、¥980+税“参照)。]
古来「薬石効無く」という言葉があるが、食物でもない石(鉱物)が病気治療に役立つというのは、石が出すエネルギーが効く以外には考えられない。薬石というのは放射性物質のことだと筆者は理解している。原子力が大量殺戮兵器という形で広く世に知らされてしまったため、そのことに目がくらみ、科学的真実を見ようとしない問答無用の人たちがこの国を動かしている。広島・長崎の原子爆弾による被害にしても、放射線による被害は異常に大量の放射線を一度に浴びた爆心地における急性放射線障害や高濃度の放射性降下物があった一部の地域のみで、原子爆弾による被害の大半は高熱と爆風によるものである。いわば、残虐な米軍得意の巨大な火炎放射器で焼き尽くされたというのが実態でしょう。福島第一原子力発電所の事故の場合、核反応は自動停止しており、原子力運転員の急性放射線障害も無く、発電所施設外へ放出された放射性物質も危険なほどの量ではなかった(“「「放射能は怖い」のウソ」服部禎男著、武田ランダムハウスジャパン、2011年8月発行、¥980+税”、“世界の放射線被爆地調査”高田純著、講談社、2011年4月、¥980+税“参照)。しかもあれだけの地震と津波にも関わらず、福島からいくらも離れていない東北電力の女川原子力発電所は深刻な事故を起こしていない。これは原子力発電所の建設に際して、東京電力の方が東北電力より”文系支配“(文官官僚支配傾向)が強く、意思決定においてほんものの専門家(技術者)を廃した度合いが強かったからだと推測できる。つまり問題は統治システムにあるのであって、今回の事故がただちに原子力発電所が危険だということを意味しない。正義感ぶってさまざまな邪悪な意図を隠し、科学的態度や事実認識とは関わりなく自説を押し通そうとする無知で悪意に満ちたマスコミや似非学者と、正常な判断力の欠如した政府が扇動して国民の大多数を狂乱状態に陥れたときのこの国の状態は、正に夢遊病者そのものである。これは日本人の、というよりも人間集団の持つ本質的な狂気なのかも知れない。中世ヨーロッパにおける魔女狩り、地動説に有罪判決を下したローマ教皇庁(天動説)、共産主義とルーズベルト・トルーマン政権の狂気など、人類史において類似の実例には事欠かない。
薩長を中心とする勢力による武力革命であった明治維新後の一時期(明治時代)を過ぎ、国家の制度が整うにつれ、外国との戦いを想定しなくて済んだ平和な江戸時代の門地(家柄)による身分が学歴による身分に変わっただけで、日本の指導組織は目的遂行型の機能的組織ではなく、身分維持型(利権保持型)の人事制度になってしまい、大東亜戦争のような非常時に強力に目的を遂行することのできない組織となっていた。その背景に、明治憲法が持っていた制度的欠陥に加えて、高等文官試験の合格者による支配層の独占や軍部における兵学校での年次・成績主義などがあり、戦前の日本の指導組織が文系(官僚)支配で、科学的・合理的・合目的的に行動できなかった原因があると著者は主張しているのである。そしてそのことは、戦後の日本においてもあまり改善されていないように見える。日本はアメリカとの戦争において、兵隊の質、兵器の性能、アメリカの物量に敗れたわけではない。日本自身の統治システムの欠陥から来る国家・戦争指導層の致命的な失敗の積み重ねにより敗れたのである。指導層の人事制度を身分制度にし、本物の専門家を排して素人の文系官僚群が重大な意思決定を行うという利権システムを変更しない限り、今後も類似の失敗や国家的な事故を繰り返すことになるのは目に見えている。
まともな法的根拠のない、戦勝国によるリンチのような東京裁判史観が日本独立後も日本人から容易に払拭されないのは、多くの国民が徴兵により強制的に戦地へ送られながら、戦争指導層の数々の失敗により悲惨な敗戦に至った責任を、結果的に東京裁判が戦争指導層だと思われていた人達に取らせたことを、国民の多くが暗黙のうちに認めているからではないか。そういう意味で、「宣戦布告なき戦争」を始めていたのはアメリカであった(フーバー大統領回顧録など参照)としても、真珠湾攻撃前の対米宣戦布告を怠り、そのことをルーズベルト政権にさんざん利用されて国益を損ねた、当時の外務省関係者が責任を取らされていないのは不条理というしかない。
航空兵器の分析から太平洋戦争(大東亜戦争)を分析した類似の著書に、“「零式艦上戦闘機」清水政彦著、新潮社、2009年8月発行、¥1,400+税”がある。著者は1979年生まれ(東京大学経済学部卒、弁護士)と年は若いが、分析は詳細で正鵠を射ており、文章も読みやすい。同書で著者は結論として、「筆者には、零戦と米軍機の勝敗を分けた最大の要因の一つが、日米両軍の「総力戦」に対する覚悟の差と、その差から派生する戦術・空中指揮に対する工夫の差であったように思われる」(“おわりに”より)と述べている。これは前記の著書同様、戦争指導層の戦争遂行能力の差、つまりは国家レベルでのソフトの差ということを意味している。





「「太平洋戦争」は無謀な戦争だったのか」ジェームズ・B・ウッド著、茂木弘道訳・註、ワック、2009年12月発行、¥1,600+税

著者は米国の大学教授(歴史家)。訳者は1941年、東京都生れ(「史実を発信する会」事務局長)。本書は、軍事史に興味を持ち関連著書もある米国人である著者が、「日本は「太平洋戦争」の戦い方を誤った」ということを数多くの資料から解説・証明している試み。訳者は、英語圏の著者が採用することのできた資料の偏りから来る誤解を、一つ一つ丁寧に「訳者注」として訂正・解説している。
“そもそも大東亜戦争に対する日本の基本戦略は、東南アジアの資源地帯から米英蘭勢力を駆逐した後は、対米、すなわち太平洋は防御、攻勢の主方向は、インド洋と中国であった。開戦直前の昭和十六年十一月十五日の大本営政府連絡会議で採択された「対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案」にはこのことが明記されている。この基本戦略通りに戦ったならば、日本が負けることにはなりえなかったと思われる。・・・英を脱落させ、中を脱落させ、米をして戦争継続の意欲を喪失せしめる、という極めてまともな勝利を目指しているのである。”、“「戦力は根拠地から戦場への距離の二乗に反比例する」というよく知られた戦いの原則からすると、たとえアメリカが日本の十倍の戦力を持っていたと仮定しても、戦場の選び方によっては・・・日本は圧倒的に優位な戦力と化すのである”(訳者まえがきより)
その基本戦略に反する戦いを始めたのは、海軍の山本五十六連合艦隊司令長官であった。「真珠湾攻撃は海軍軍令部が猛反対したにもかかわらず、最後には、山本提督が作戦前夜に連合艦隊司令長官辞任の意向をちらつかせることによって自説を押し通した」(第1章より)。さらに山本提督と彼の参謀は、再び山本提督が連合艦隊司令長官を辞任する旨を表明することにより、初期の戦争計画に反するミッドウェーでの戦いを、海軍軍令部の猛反対を押し切って実行した。(第1章) 
山本提督一派によるパフォーマンスのようにしか見えない戦い方だが、最初の真珠湾攻撃で意見の対立が生じたとき、山本提督を更迭するだけの力(それだけの人物)と覚悟が海軍上層部になかったということなのか。結果、日米戦争での日本の戦いは相手(米国)のリングで戦うことになり、惨憺たる負け戦になったことは史実が示す通りである。東京裁判で連合国が主張したような「戦争責任」は日本側にではなくむしろ米英中ソ側にあることは明らかだが、日本の戦争指導者には日本国民に対する「敗戦責任」がある。徴兵により悲惨な戦場に送られた多くの一般国民は、戦争の仕方を誤った指導層の犠牲者であったとしか言いようがない。筆者の田舎の隣保(隣組)は筆者の実家と四軒の小規模農家から成っているが、四軒の農家からはすべて当時の働き手が戦争に取られ、一人も帰って来なかった(筆者の実家のみ、年齢の関係で徴兵が来なかった)。かれらの立場で考えれば、戦争が終わり、農地改革による利益を与えてくれた米占領軍は、ある種の解放軍のように映ったとしても非難はできない。東京裁判史観がこの国から容易に払拭されない根底には、全国的にこうした史実が横たわっているのである。
著者は本書で、護送船団方式による輸送船団保護、潜水艦部隊による米国商船・補給船への攻撃、太平洋への陸軍投入のタイミングなど、一つ一つ詳細に日本軍の戦い方の失敗を分析しているが、その根本には「勝利病」を退け、帝国内部から外側へ向っての縦深的で効果的な国防圏を構築するという戦略が取れず、戦域を過剰拡大した戦略の失敗があったと指摘している。日本の勝利は「何もワシントンに日章旗を立てる」などということではなく、米の戦争継続の意欲を喪失せしめて和平に持ち込むことであったはずだが、現実は正反対の戦い方をしてしまった。何かその背後には目に見えない大きな力が作用していたとしか考えようがない。イギリスの生物学者であるチャールズ・ダーウィン(1809~1882)は、その著、「種の起源」で“適者生存”ということを説いているが、人間界においても短期的には「正しい者より強い者」が、長期的には「強い者より環境適応力に優れた者(適者)」が勝利する。日本の明治憲法下の政治体制は明治維新後70年近くを経て、すでに時代に合わないものとなっていたのである。現在の日本国憲法も制定後すでに60年以上を経過しているが、果たして日本人は今後、時代の変化に合わせて改正していくことができるだろうか。

「日本を誤らせた国連教と憲法信者」加瀬英明著、展転社、2004年7月発行、¥2,100(税込み)


著者は評論家、史実を世界に発信する会代表。著者は本書で、日米戦争開戦10ヶ月前にアメリカは国務省の中に日本の戦後処理に関する「特別研究班」を設置していた事実を紹介している。

「世界 全戦争史」松村つとむ著、エイチアンドアイ、2010年11月発売、¥15,750(税込み)

著者は陸上自衛隊出身の軍事研究家(故人)。二千数百年にわたる人類の全戦争の歴史について記述した研究書。原始仏典を読めば、人間の本質は二千数百年昔も現在も少しも変わらないことに気づかされるが、戦争の絶えることの無いのが人間世界であることを本書は事実を以って証明している。戦後の日本には、日本が軍備の増強さえしなければ戦争は起こらない、今後日本が侵略されることも無い、というような何の根拠も無い神話や空想、平和信仰が、日本を弱体化させようとする左翼や反日勢力によって意図的に広められているようですが、これほど危険なことはありません。人間という生き物は、全体としてみれば善よりも悪の要素の方が勝っている生き物です。戦争より平和の方が大切なことは議論の余地がありませんが、その大切な自国の平和を守るためには、常に戦争に備え、他国からの侵略に対する十分な警戒を怠ってはならないことを本書は暗に教えています。類書のほとんど無い大作です。

「昭和天皇・マッカーサー会見」豊下楢彦著、岩波現代文庫、2008年7月発行、¥1,000+税


著者は1945年、兵庫県生まれ。京都大学法学部卒業。国際政治論・外交史専攻の学者(関西学院大学法学部教授)。
昭和天皇とマッカーサーとの会見というと、「自己弁明と自慢、自惚れの渦の中にある、ほんの一握りの事実」(「文芸春秋」1964年6月の「マッカーサー戦記・虚構と真実」より)しか見出せない「マッカーサー回想記」に書かれた、「私は、国民が戦争遂行にあたって政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身をあなたの代表する諸国の裁決にゆだねるためおたずねした」(「マッカーサー大戦回顧録」(下)、津島一夫訳、中公文庫、2003年7月発行より)という昭和天皇の発言(とされている文言)だけが一般には知られているが、実際は昭和天皇と連合国最高司令官との会見は合計18回に及んだ(マッカーサーと11回、後任のリッジウェイと7回)。
本書は、著者が入手できる限りの資料を分析して得た、敗戦処理から戦後の日本(および皇統)の安全保障を担保するため、かって軍の統帥権を持ち大元帥陛下として大日本帝国に君臨した昭和天皇が、なりふり構わぬ「天皇外交」を展開した姿をかなり詳細に描き出している。著者は法学者であるため、新憲法制定後の象徴天皇という立場と「天皇外交」との整合性に触れているが、国家と民族(と皇統)の危急存亡の非常時にあって、天皇という影響力のある立場から、新憲法との整合性よりも国家の安全保障を優先して行動した昭和天皇の考えを、筆者は支持するものである。
むしろ問題は、コミンテルン(国際共産主義組織)の色濃き影響下にあった戦勝国を相手に、昭和天皇が何としても皇統と日本国の安全を守ろうとして努力した当時に決められた制度(日本国憲法など)を、国際環境も日本の状況も変わった後になっても、時代の変化に合わせて変えていくことのできない日本国民にあるのではないか。
一般に平和憲法と言われている、米軍(GHQ)占領時に公布・施行された現日本国憲法(第九条)に書かれていることは、「国際紛争解決の手段としての戦争は永久に放棄し、そのための戦力も持たず、国の交戦権を認めない」ということです。ただし、国際紛争とは何かということについての定義はなされていない。人類史における戦争の歴史から判断して、国際紛争解決の手段としての戦争とは「侵略戦争」だと考えるのが妥当です。つまり、第九条の規定は、日本語として率直に読めば、国家(国民・国土・領海・領空)防衛のための戦争は放棄していない、そのための国防軍の保持や交戦権は禁止していないということで、外国による日本国への侵略に対して戦争したり、そのために他国と同盟して集団的自衛権を行使しても憲法の規定に抵触しない。ただ、同盟する相手国が米国、英国、露国、中国などの場合は、集団的自衛権を行使する際に慎重さが必要です。歴史上、近現代において日本国は侵略戦争をしたことはないが、これらの国々は何度も侵略戦争を繰り返してきた歴史があるからです。また、日本国民救出のために国防軍を当該国へ派遣して、万一、そのために戦争になったとしても憲法の規定に抵触しないことは言うまでもない。ただし、憲法上「国際紛争」というあいまいな表現を使用していることは大きな問題で、国内においても無用の議論を呼び、平和憲法というよりは近隣諸国に対して日本国への侵略を誘発する「侵略戦争誘発憲法」の一面を持っている。現憲法は米軍の占領がいつまで続くか分からない時代の占領憲法で、本来なら日本国が独立した時点で破棄され、新憲法が採択されるべきであったのです。それを政治家の怠慢で、現在までそのままにしてきたのが現実です。一刻も早く、日本はあいまいさのない、現代に合った憲法を持つべきです。

「中国の戦争宣伝の内幕-日中戦争の真実」フレデリック・ヴィンセント・ウイリアムズ著、田中秀雄訳、芙蓉書房出版、2009年11月発行、¥1,680(税込み)


著者(1890~没年不明)はアメリカ人の新聞記者。少年時代に外人部隊に所属したり、各地を放浪した経験を持つ。訳者は1952年福岡県生まれの日本近現代史研究家(慶應義塾大学文学部卒)。原著名は、“Behind the news in China”。
著者は序文で、「私が初めて中国を旅したのは、一九三七年の日中両国が戦いを始める前であった。上海と南京で、蒋介石政府の高官にインタビューしたのである。それから北京に行き、そしてシベリアの国境、それから満州国を南下して朝鮮、そして日本に行ったのである。それから私は戦争が始まってから中国を再訪した。最初は中国軍と行動した。それから今度は日本軍とであった。私は両方を見た。世界の各地を見た新聞記者としての長年の経験から、何が起こっているのかを理解することができた。私は戦場を後にした。私は多くのものを学んだ。そして精魂込めて書き上げたのがこの著作である。」、「我々は日本に関するものよりも、中国に関して見聞きするものを疑いなく事実として認識する傾向がある。実際問題として、この国には中国のプロパガンダが氾濫している。そして日本を弁護するものをほとんど見ないのである。」、「私は誰をもバックにしてはいない。私は自由に率直に語った。我々がずうっと騙されているよりかは、真実を知った方がよいと考えたからである。」と書いている。
さらに、翻訳者は[解説]で、「本書は、ウイリアムズが支那事変の始まる前、そして始まってから中国や満洲、日本で取材し、体験し、見聞したことを基にしたレポートである。・・・彼はカリフォルニア州のロサンゼルスやサンフランシスコで約二十年間、新聞記者として活動していたジャーナリストであった。そうした実績のあるプロの目による中国=極東レポートであるということを念頭に入れて読んで欲しいと思う。」としている。
史実を理解するには、できるだけ先入観を捨ててその時代に身を置いてみることが求められるが、本書は当時を生きたアメリカ人ジャーナリストによるレポートだけに、臨場感に満ちている。
本書が伝えているのは、中国へのソ連共産主義の浸透による支那事変の勃発や、彼らのプロパガンダによる英米世論の反日に対する危惧なのだが、「日本人は宣伝が下手である」(あるいは、宣伝を軽視する)のは昔も今も変わってはいない。本書は、支那事変から大東亜戦争に至る時代の史実を知りたいと考えるすべての日本人に読んでいただきたい書物であるが、内容の詳細に立入る変わりに各章のタイトルを掲載しておく。
第一章 極東の現状、その全体の俯瞰図
第二章 西安事件と頻発する日本人虐殺事件
第三章 第二次上海事変の内幕
第四章 残虐きわまる中国軍を糊塗するプロパガンダ大戦略
第五章 日本のアジアに対する崇高な使命感
第六章 パネー号事件と対米プロパガンダ大作戦
第七章 阿片を蔓延させる日本というプロパガンダ
第八章 中国人と日本人を比較する
第九章 チャイナタウンの暗殺団と中国の軍閥
第十章 反日を煽る偽写真 
第十一章 ソ連の中国侵略を阻止しようと戦う日本
第十二章 宣教師の善意を利用して日本軍の悪を宣伝する
第十三章 広東と漢口の陥落、そしてその後の展望

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