‘東京裁判関連’ カテゴリーのアーカイブ

資料室: 東京裁判関連

偏向ざんまい GHQの魔法が解けない人たち 阿比留瑠比 (著)

英国人ジャーナリストが見た現代日本史の真実〜日本は世界の宝である〜 ヘンリー・S・ストークス (著), 藤田裕行 (翻訳)

外国特派員協会重鎮が反日中韓の詐偽を暴いた ヘンリー・S・ストークス (著), 藤田裕行 (翻訳)

戦後70年の病根を検証する 連合国戦勝史観の徹底批判! ヘンリー・ストークス (著), 藤井 厳喜 (著),

まだGHQの洗脳に縛られている日本人 ケント・ギルバート (著)

日本人を狂わせた洗脳工作 いまなお続く占領軍の心理作戦 (自由社ブックレット) 関野通夫著、自由社、2015年3月発行、¥500(税別) 

「中国共産党 野望と謀略の90年」雑誌「正論」別冊15、産経新聞社、2011年6月発行、¥1,000(税込み)


国際共産主義組織(コミンテルン)と中国共産党の歴史・陰謀などに関する特集号。戦後70年近くになる現在、共産主義独裁国家として生き残っている唯一の大国である中国(共産党政府)の実態と恐怖や共産主義の戦争責任を特集している。共産主義の最大の恐怖は人間の自由の抑圧にあり、自己の側にのみ正義があるとして他者の生存権を認めないその独善性にある。共産主義が20世紀以降、人類にどれほどの惨禍をもたらしたか、「共産主義黒書-犯罪・テロル・抑圧-<ソ連篇>」(恵雅堂出版、クルトワ・ヴェルト著、外川継男訳、2001年11月発行)や「共産主義黒書-犯罪・テロル・抑圧-<コミンテルン・アジア篇>」(恵雅堂出版、クルトワ・ステファヌ他著、高橋武智訳、2006年7月発行)などを読めば明らかで、身の毛もよだつ思いがするのは何も虐殺の文化を持たない日本人だけに限るまい。「戦争と革命の世紀であった20世紀、ナチズムの犠牲者2500万人に対し、共産主義による犠牲者はソ連で約2000万人、中国で6500万人、ベトナム100万人、北朝鮮200万人、カンボジア200万人、全世界では合わせて1億人を数える(前掲書のAmazonの内容紹介より)」という。
本書の中の小堀桂一郎東京大学名誉教授の論文、「共産主義の戦争挑発を隠蔽した東京裁判」は、1951年5月3日の米国上院軍事外交合同委員会の公聴会に於けるマッカーサー証言「太平洋に於いて米国が過去百年間に犯した最大の政治的錯誤は、共産主義者が支那で強大な力に成長するのを許してしまったことだ、といふのが私個人の見解である」を紹介しており、藤岡信勝拓殖大学客員教授の「日中戦争を始めたのは中国共産党とスターリンだ」と江崎道朗日本会議専任研究員の「アメリカを巻き込んだコミンテルンの東アジア赤化戦略」(英訳は「掲載文献」参照)とは、共産主義者が中国やアメリカのルーズヴェルト政権中枢部へ深く浸透して起こしたのが日支事変から日米戦争に至る日本つぶしであったことを実証的に追求している。当時のルーズヴェルト政権内への共産主義者の浸透については、“「ヴェノナ」PHP研究所、J.E.ヘインズ&H.クレア著、中西輝政監訳、2010年2月発行、¥3,200(税別)”に詳しい。
他の論文には当時の日本の上層部への共産主義の浸透も論述されており、まさに20世紀は共産主義の幻想と害毒が世界を覆った時代であったとも言える。そして現在もなお、アジアを中心として共産主義の残存勢力との戦いは続いていると言ってよい。特に中国では中華思想と共産主義とが合体していて周辺民族への侵略・虐殺・抑圧には凄まじいものがあり、その記録は以下の著書などに詳しいが、普通の日本人の感覚からすれば中国人(漢民族)というのは血の通った人間ではないのではないかと思わせるものがある。日本軍による「南京大虐殺」を捏造することなど何でもないことなのであろうが、自身が行った悪事を他に転嫁することは、行った悪事以上に罪深いことである。現在の中華人民共和国という“国”は、中国共産党という匪賊集団がシナ本土、満洲、内モンゴル、ウイグル、チベットを武力で占拠して“国家”を詐称している私的集団(地域)である。その証拠に、中国共産党という私的集団を守る暴力装置である人民解放軍を有してはいても、中華人民共和国という“国”の軍隊は存在しない。日本はこういう無法者の“国”とは緊密な関係を保つべきではない。
・「中国の狙いは民族絶滅―チベット・ウイグル・モンゴル・台湾、自由への戦い」林建良、テンジン、ダシドノロブ、イリハム・マハムティ共著、宝島社新書、2009年3月発行、¥1,575(税込み)
・「中国はいかにチベットを侵略したか」マイケル・ダナム著、山際素男訳、講談社インターナショナル、2006年2月発行、¥1,890(税込み)
・「殺劫(シャ・チェ)チベットの文化大革命」ツェリン・オーセル、ツェリン・ドルジェ、藤野彰、劉燕子共著、集広舎、2009年10月発行、¥4,830(税込み)
・「墓標なき草原-内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録」(上)(下)(続)、楊海英著、岩波書店、各2009年12月、2011年8月発行、¥3,150、¥3,360(税込み)
・「7.5ウイグル虐殺の真実―ウルムチで起こったことは、日本でも起きる」イリハム・マハムティ著、宝島社新書、2010年1月発行、¥680(税込み)









「昭和の大戦と東京裁判の時代」若狭和朋著、ワック、2013年2月発行、¥1,400(+税)


著者は1942年、福岡市生まれの歴史家。九州大学法学部卒業。通産省入省後、身内の不幸に遭い、禅宗の修行僧となる。その後、公立高校の教師を勤め、定年を迎えている。本書は、2007年と2009年に出版された著書の改訂・新版です。
本書の内容は、「東京裁判」とその現代までの影響を中心に書かれたもので、まだあまり日本人に広くは知られていない内容が含まれており、一読の価値があります。以下、それらのいくつかを紹介しておきます。
①東京裁判の判決の後、弁護団がアメリカ連邦最高裁判所へ再審請求を申し立てたとき、再審却下理由としてW.O.ダグラス裁判官が言った言葉。「東京裁判は政治的復讐的軍事行為と言うべきであり、そもそもが司法的な裁判ではないのだから司法的な再審請求は成立しない」(pp.127)。つまり、アメリカ自身が東京裁判は裁判ではなく、リンチ(あるいは戦闘行為)だと言っているのです。昭和27年4月28日の講和条約発効までは、国際法的には戦争状態が継続していたということです。
②「東京裁判」で処刑された(戦死した)東條英機ら7名の遺骨(墓)。処刑された7名の遺骨は太平洋に遺棄されたと言われているが、実際は日本人関係者の献身的な努力で遺骨の一部が奪還されて日本国内の三箇所に分骨され、墓碑が建立されている。静岡県熱海市伊豆山の興亜観音の観音堂、愛知県幡豆郡幡豆町の三ヶ根山山頂(殉国七士墓)、および長野県某所(私有地内)である(pp.111~112)。
③東條英機の遺言。教誨師であった花山信勝がメモしたものの骨子は以下の通り(pp.114~115)。
・敗戦の国内的責任は満足して刑死に就くが、国際的責任は無罪を主張する。たまたま力の前に屈服したものである。
・東亜民族にも生存権はある。今回の戦争でその主張を達したものと思っている。
・米国に対し、赤化(共産化)せしめざることを頼む。今次大戦で米英側は大きな失敗を犯した。1)日本という赤化の防壁を破壊した、2)満州を赤化の根拠地にしてしまった、3)朝鮮を二分して東亜紛争の因たらしめた。
・日本軍人の一部の誤った行為は衷心謝罪する。しかし、無差別爆撃や原爆投下は米軍側も悔悟あるべきである。
・統帥権独立の思想は間違っていた。あれでは陸海軍一本の行動はとれない。
註:昭和27年(1952年)に発効されたサンフランシスコ講和条約第11条に則り、全国で戦犯釈放運動が広まって当時の成人のほとんどといってもよいくらいの4000万人(当時の日本の人口は8454万人)もの署名が集り、昭和28年に戦犯の赦免に関する決議が国会で、社会党や共産党まで含めて一人の反対もなく決議された。
そして国際的にも、サンフランシスコ講和条約第11条にもとづき関係11ヶ国の同意を得て、A級戦犯は昭和31年に、BC級戦犯は昭和33年までに赦免し釈放された。
このような赦免運動・決議の結果、すでに処刑されていた【戦犯】は「法務死」とされた。だからこそ戦犯とされていた人々も靖国神社に合祀されたのである。
 ●1952年(昭和27年)6月9日参議院本会議にて「戦犯在所者の釈放等に関する決議」
 ●1952年(昭和27年)12月9日衆議院本会議にて「戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議」
 ●1953年(昭和28年8月3日衆議院本会議にて「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」
 ●1955年(昭和30年)7月19日衆議院本会議にて「戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議」
④日本は大東亜戦争に至るまでの情報・外交戦で破れていた。開戦直前の1941年12月5日、『シカゴ・デイリー・トリビューン』紙が「ルーズベルトの戦争計画が発覚」と一面全紙を使って「ルーズベルトの戦争計画」を報じ、大統領を「ウォー・モンガー」(戦争屋)とののしって一大キャンペーンを張った。アメリカ世論の大多数が戦争反対であった当時、日本はアメリカ国民に直接、ハルノートを公開して訴えるべきであったが、日本の外務省は何もしなかった。石油が全面禁輸になった同年8月の時点でも何もしなかった(pp.133~135)。いわば外務省が日本を戦争に導き、海軍が敗戦を招いたというのが歴史の真実です。
⑤吉田茂の姑息な奸智。開戦の通告が遅れた当時者であるワシントン日本大使館員たちを処罰せず、外務省へ呼び戻して後に外務次官に登用した(pp.51)。
⑥日露戦争以前の満州の主権の大部分はロシアが清国から買収していた。日露戦争後、ロシアは満州から撤退し、暗黙のうちに日本の領土割譲・賠償金支払い要求に答えていたのだが、当時の日本はそれに気づかず、満州を清国へ返還した。当時の清国は露清密約を結んでいた(1896年)のにである(PP.97~98)。これが後の満州事変へとつながっていく要因となったのです。
⑦朝鮮を日本の保護領にすることを日本に要請したのは、ポーツマス講和会議の席でのアメリカ大統領(セオドア・ルーズベルト)であり、同年の第二次日英同盟締結時のイギリス全権であった(pp.28~29)。
⑧張作リン爆殺事件の犯人は関東軍ではないようだ。ソ連が犯人である資料がロシアから続出している。親日的であった張作リンを殺しても、日本には得られる利益がない。犯人とされている河本大作は昭和28年に中共の強制収用所で獄死しており、翌年「俺がやった」という「談話」が公表された(193~194)。
⑨大東亜戦争開戦時の日本の外務大臣、東郷茂徳の旧姓は「朴」である(pp.209)。
⑩小泉首相は、来日したブッシュ米国大統領からの連れ立つての靖国神社参拝の申し出を断っていた。2002年2月に来日したブッシュ大統領の申し出を外務省も官邸も首相自身も断り、明治神宮参拝にすり替えた。しかも小泉首相は車の中で待ち、大統領の単独参拝となった(pp.188)。日本国の首脳部は、アメリカが日本を戦争に引きずり込んだこと、国際法を無視した都市部への無差別爆撃や原爆の投下、多くの戦争犯罪人を仕立て上げてリンチのように虐殺したことなどを正式に日本国に謝罪しない限り、絶対にアメリカを許さないという意思表示だとでもいうのだろうか。それなら日本にもまだ救いがあるが、決してそうではあるまい。戦後の政府指導者は、自民党政権も含めてほとんどが赤(共産主義者)ではなくてもピンク(左翼勢力)だといって過言ではない。何と情けない指導者しか日本にはいないのかとつくづく思う。
著者には、日露戦争の時代を中心とした「日露戦争と世界史に登場した日本」、ワック、¥1,400+税 もある。

「世界がさばく東京裁判」終戦五十周年国民委員会編、佐藤和男監修、加瀬俊一序、ジュピター出版、1996年8月発行、¥1,600(税込み)

本書は終戦五十周年国民委員会(加瀬俊一会長)が東京裁判(極東国際軍事裁判)に対する世界の多くの識者による批判をまとめ、その違法性を広く啓蒙するためにまとめられたものである。終戦五十周年国民委員会の会長である加瀬俊一は日本国の初代国際連合大使であり、監修者の佐藤和男は同委員会の副会長であって、日本を代表する国際法学者(青山学院大学名誉教授、法学博士)である。
いわゆる東京裁判と海外における戦犯裁判なるものは、その内容をいくらか詳細に知る者にとっては、裁判の形を装った戦勝国(特に米英中ソの四カ国)による敗戦国の日本人に対するリンチに他ならないことは明らかであるが、本書では特に東京裁判について世界の多くの識者による批判を参照しながら、あらゆる角度から近代国際法に照らしての東京裁判批判を展開している。目次を示すと、以下のようになる。
[第1章]知られざるアメリカ人による<東京裁判>批判
     ――なぜ日本だけが戦争責任を追及されるのか
[第2章]戦犯裁判はいかに計画されたか
     ――国際法違反の占領政策
[第3章]追及されなかった「連合国の戦争責任」
     ――裁判の名に値しない不公正な法手続
[第4章]蹂躙された国際法
     ――国際法学者による「極東国際軍事裁判所条例」批判
[第5章]<東京裁判>は平和探求に寄与したか
     ――残された禍根と教訓
[第6章]戦後政治の原点としての<東京裁判>批判
     ――独立国家日本の「もう一つの戦後史」
[付録Ⅰ]誤訳としての「侵略」戦争
     ――アグレッションの訳語には「侵攻」が適当
[付録Ⅱ]日本は東京裁判史観により拘束されない
     ――サンフランシスコ平和条約十一条の正しい解釈
第二次世界大戦の戦勝国(連合国)、特にアメリカは、日本がポツダム宣言を受諾し、武装解除に応じて、条件付の降伏文書(ミズーリ号上での停戦協定)に署名すると、日本の戦争指導者を片っ端から恣意的に捕まえてきて銃殺したかったものと思われるが、さすがにヨーロッパ社会のはみ出し者がアメリカ大陸へ流れてきてアメリカ先住民(インディアン)を欺いては虐殺して生存領域を拡大していた時代とは異なり、近代国際法によって国土、領海、領空、国家が成立している二十世紀にそこまでの蛮行は憚られたため、国際法に立脚した裁判という形をとって、降伏文書にある日本の降伏条件などは無視して蛮行を実行したのが東京裁判であり、海外での戦犯裁判であった。これが十六世紀なら、日本でも敗戦国の指導層は戦勝国によって斬首、曝し首にされたのであるが、二十世紀においてそれと同等のことを戦勝国(特にアメリカ)が行ったということは、彼ら(米英中ソなど)の残虐性と悪質さ、および教養・文化度の低さを現して余りあるものである。しかもそれを実行するために、日本国と日本軍についてのさまざまな悪質なデマを世界中に流し、日本国内においては厳しい言論統制を布き、さも自分たちに正義があるかのように装ってアジア侵略の意図を巧妙に隠蔽した。異民族との戦争に負けるということはそういうことなのだろうが、ほんとうの正義がどちらにあったか、第二次世界大戦後の世界の歴史を見れば明らかである。こうした近代以前のような国々が現在でも世界に多数存在する以上、日本は自国をより強固にし、十分な防衛力を整備する努力を怠らず、二度と異民族との戦争に負けてはならない。
1928年に日本を含む多国間で署名されたパリ不戦条約が違法としている「war of aggression」は字義通りには「挑発されない攻撃戦争」という意味だが、その定義はなされておらず、特定の戦争が「挑発されない攻撃戦争」か自衛戦争かの判断は戦争当事国の自己解釈にまかされていた(なお、「挑発されない攻撃戦争」を佐藤和男は侵攻戦争と訳している)。それにも関わらず、東京裁判では日本国が侵攻戦争を行ったと何の根拠も示さずに断定している。
国際法では国家には基本権として戦争権(開戦権と交戦権)が認められており、他国に対して戦争宣言(宣戦布告)をすれば一方的に戦争状態を創り出すことができた。したがって一国だけが戦争放棄するなどという状態は理論的には成り立たないのであって、他国から一方的に宣戦布告をされれば、受けて立つ以外に方法はないのである(戦後の国際連合では、侵攻戦争か自衛戦争かの認定は安全保障理事会が行う権限を持っている)(付録Ⅰ、佐藤和男の論説)。
なお、「サンフランシスコ平和条約十一条」は、連合国側の軍事法廷が日本人被告に言い渡した刑(judgements)の執行を日本政府に引き受けさせ、放免・減刑・仮出獄の手続きを定めた点にあり、日本国が東京裁判や海外における戦犯裁判なるものを受け入れたものでないことは、国際法学者の共通の認識である(付録Ⅱ、佐藤和男の論説)。
ルーズベルト、トルーマン、マッカーサー、チャーチル、蒋介石、毛沢東、スターリンや彼らの政策に関わった部下たちなど、ドイツのヒットラーやその部下たち同様、ほんとうの意味での“平和に対する罪”を犯した人類の敵は、無意識のうちに人間は死ねばすべてが消滅してしまうという近視眼的で浅薄な認識に立っていたのであろうが、なんぴとと言えども大宇宙の法則を変えることはできない。これまでの筆者の数々の経験から判断すれば、彼らは現在に至るもなお、身の毛もよだつような応報の世界に閉じ込められて生きている。目に見えないエネルギーの動きはとてもゆっくりではあるが、百年単位で見れば、彼らに率いられて蛮行を支援した当該国家にも確実にその結果は現れてくるものだ。あえて日本人が彼らを呪詛しなくとも、今後の長期間に亘って彼らの国々のさまざまな困難な社会問題は増大こそすれ、決して解消に向うことはあり得ない。

「世界が語る大東亜戦争と東京裁判―アジア・西欧諸国の指導者・識者たちの名言集」吉本貞昭著、ハート出版、2012年7月発行、¥1,680(税込み)


著者は1959年生まれ。中国研究の専門家。同時に、大東亜戦争などの研究者でもある。
本書は大東亜戦争と東京裁判についての著者の解説と、アジア・西欧諸国の指導者や識者の発言集とから成る。
史実とは関係なく自己の主張だけを展開する中国共産党や韓国・朝鮮などの主張はともかく、日本国内でもなぜウソの歴史や反日思想が蔓延してきたかについては、戦後のアメリカ占領軍が数多くの日本人を公職から追放し、共産主義者を始めとする左翼思想家たちを華々しく復活させただけでなく、アメリカによる意図的な日本人洗脳計画があったからだと著者は指摘している。「アメリカは終戦後の昭和二十年十一月三日に、日本が再び連合国の脅威にならないよう、連合国最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥に対して、日本人洗脳計画を命じた。その計画とは、日本人に「侵略戦争」をやったという贖罪意識を植え付ける「戦争犯罪情報計画」(「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」)と呼ばれるもので、報道と教育を通じてアメリカの都合に良い歴史観を日本人に植え付けることを目的としたものであった」(“はじめに”より)。多くの日本の学者・マスコミ・役人・政治家を始め、反日左翼知識人が蔓延したのはその結果である。皮肉なことに、本来反米である日本の左翼知識人たちは、当のアメリカ自身が量産したということである。
大東亜戦争と東京裁判(という名のリンチ)について一つだけ紹介しておくとすれば、「パリ不戦条約」(昭和三年八月二十七日にパリで調印)が放棄している戦争とは「侵略戦争」であって「自衛戦争」ではなく、国家の発意で行う戦争が「侵略戦争」か「自衛戦争」かの判断は各国の裁量(「自己解釈」)に一任されているということである。当時の国際条約が戦争それ自体を犯罪であると規定しているわけではなく、ましてや国家が行う戦争責任が個人にあるなどという規定はどこにもない。もし大東亜戦争を神が裁いたならば、戦争犯罪国家はアメリカ・イギリス・ソ連・中国などであり、客観的な歴史の経過はそのように推移してきていることが理解できる。大宇宙の法則は因果応報であり、百年単位で見れば、原因が生み出してくる結果はいずれ原因を作った当人(当国)が受ける以外にないことが理解できよう。ダマされていることに気が付かないのは、多くのお人よしの日本人だけである。
内容についてはお読みいただくとして、発言集の中から一つだけ紹介しておく。
「私が、日本との戦争の全てが、戦争に入りたいという狂人(ルーズベルト)の欲望であったと述べたところ、マッカーサーも同意して、また、一九四一年七月の金融制裁は、挑発的であったばかりでなく、その制裁が解除されなければ、自殺行為になったとしても戦争をせざるを得ない状態に日本を追い込んだ。制裁は、殺戮と破壊以外の全ての戦争行為を実行するものであり、いかなる国と雖も、品格を重んじる国であれば、我慢できることではなかったと述べた」(ハーバート・フーバー、アメリカ合衆国第三十一代大統領)
第二次世界大戦終了後、朝鮮戦争を起こされて目が覚めたアメリカは、政府を始めとする社会の指導層から共産主義勢力を排斥し、蒋介石への援助も停止して共産主義国・ソ連と対峙し、後には人種差別を禁止する法律(公民権法)まで成立させるのであるが、日本政府だけは今だにアメリカによる戦後の「戦争犯罪情報計画」を墨守しているのは一体、どういう了見なのか。「日本は朝鮮を植民地にした」、「満州事変により中国を侵略した」、「日支事変のとき、南京で三十万人の市民を虐殺した」、「戦時中、多くの朝鮮人を強制連行した」などなど、明らかなウソ話を検定制度による歴史教科書から排除せず、歴史の真実を隠すことに汲々として、何も知らない青少年に史実を教えることを拒否している日本の文部科学省とは一体、どこの国の政府なのか。「百回言ってもウソはウソ」。いずれ、歴史の真実は表に出てくることを、愚かな政治家や役人たちは知るべきである。

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