「日本型リーダーはなぜ失敗するのか」半藤一利著、文藝春秋、2012年10月発行、¥780+税


著者は1930年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業後、文藝春秋入社。取締役などを経て作家。
本書は、太平洋戦争(大東亜戦争)における日本軍の失敗から学ぶ教訓を基に、リーダーの条件と日本のリーダーの欠陥とを考察した書である。
著者が本書でリーダーの条件として列挙しているのは以下のものである(文中の表現は少し異なる)。
一、 リーダーの最大の役目は決断すること
  しっかりと情報を取り入れて自分でよく考えて判断し、決断を人に任せてはならない。
二、リーダーは部下や関係者に明確な目標を示せ
  目標を明確に示さない限り、部下や関係者に一丸となって大きな力を発揮させることはできない。
三、リーダーは自分が中心となり、先頭に立って戦え(焦点に位置せよ)
  密教には「九字」と言われる魔除けの作法(呪文)がある。九字とは、「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、前、行」(シナの古典、抱朴子)の九文字のことで、それぞれに秘印が存在するのであるが、意味するところは「戦(兵)に臨んで戦うには、すべての陣列の前を行く」という意味です。神仏ですら必要な場合は先頭に立って戦うということです。ましてや、他人を率いて行こうという人間のリーダーにとっては当然の心掛けではないでしょうか。しかし実際には、大東亜戦争のとき、多くの部下を特攻攻撃に送り出した後、逃げ帰ってきたリーダーがいた。もともと、こういう人をリーダーにしてはいけない。
四、リーダーは情報を確実に把握せよ
  言うまでも無く、都合の悪い情報を排除したり、見落としてはならない。出所不明の情報には特に注意が必要である。
五、リーダーは過去の経験や理論に囚われずに変化に対応せよ
  時の流れにおいて、まったく同じ事というのは二度と起こらない。過去の経験や理論は参考にはなっても、時代の変化や新しい事態に対応していくには常に新しい発想が必要です。
六、リーダーは部下に最大限の任務を遂行させよ
  部下に任務の方向性と目的を明確に示し、理解させ、納得させた上で任務を遂行させよ。
「日露戦争という日本近代史に燦然と輝く栄光を背負って・・・参謀まかせの「太っ腹リーダー像」が生み出された。・・・結果として・・「上が下に依存する」という悪い習慣が通例となる。・・・これでは本当の意思決定者、ないしは決裁者がさっぱりわからなくなる。当然のことのように、机の上だけの秀才参謀たちの根拠なき自己過信、傲慢な無知、底知れぬ無責任が戦場をまかりとおり、兵隊さんたちがいかに奮闘努力、獅子奮迅して戦っても、すべては空しくなるばかりなのです」(第五章)。その結果、「決断できない、現場を知らない、責任をとらない」(帯表示)リーダー(指導者)が蔓延し、その傾向は現在にまで至っているというのが著者の分析である。別の表現をすれば、統治システムにおいて指揮命令系統を明確にし、組織内の地位と権限と責任とを明確に一致させ、組織内の人事制度を目的遂行型にして、組織運営を合理的・合目的的にすれば、本来の意味でのリーダーが登用されやすくなるということではないか。
内容はとても面白いが、読み進むうちに暗澹たる気持ちに襲われる書である。限られた範囲では優れたリーダーもいたが、全体としては日本はリーダー不在で大東亜戦争を戦ってしまった。統治システムも含めて、日本が本来の意味でのリーダーを持つのが困難なのは、日本民族自身の性癖にあるように思えてくる。アメリカや中国のような好戦的・侵略的な異民族とは異なり、諸外国(異民族)と隔絶された平和な江戸時代250年を経て、日本民族本来の平和な時代向きの民族性が真のリーダーを持つことを困難にしているように思える。言い換えれば、日本は現場の力によって動いている国であり、危機に直面さえしなければ、ある意味、最も効率的で柔軟な国であるとも言えよう。それは現在の占領憲法を「平和憲法」と強弁する論理にも現れている。もし憲法第九条があらゆる戦争を放棄している(実際はそうではない)のならば、現憲法は「平和憲法」などではなく、近隣諸国に対する「侵略戦争誘発憲法」と呼ぶべきものです。本来の平和憲法ならば、国防のための十分な軍備を備え、国家と自国民保護のためなら戦争も辞さず、近隣諸国に日本侵略の意図を微塵も抱かせないような憲法であるべきでしょう。日本人は一日も速く、あいまいな表現を持つ現憲法第九条を廃棄すべきです。国防条項(第九条)は単に、「日本国は国家防衛のための国防軍を保持する」だけで良いのではないか。「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」などというのは言わずもがなで、どうしても憲法に残したいのであれば、憲法前文に入れるべきです。国際政府の存在しない世界は平和な”徳川時代”ではなく、“力の強い者が勝つ”戦国時代なのです。弱者を守る真の意味での国際法など存在しないことは、大東亜戦争の敗戦で良く分かったはずだ。諸外国は平和勢力だなどという認識は、人間の本性と歴史に無知な愚者の認識です。基本的に、自国の平和は自国を強くすることによって自国で守るしかないのです。

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