‘ニュースレター’ カテゴリーのアーカイブ

SDHF Newsletter No.351J 慰安婦はみな合意契約をしていた その10 第8章

2022年4月13日 水曜日

『「慰安婦」はみな合意契約をしていた』

—ハーバード大学教授ラムザイヤー論文の衝撃—
有馬哲夫著(ワック株式会社)

その10—第8章 ソク・ジョンの「責任転嫁レトリック」

ソク・ジョンが悪質な誹謗中傷を行っていることは、前章で詳しく述べました。この章では、その使っているレトリックを明らかにしています。

韓国メディアなどでラムザイヤー批判を行っているメディアをみると、ソク・ジョンが『ザ・ニューヨーカー』に寄稿した「慰安婦の真実を求めて」というエッセイが最も言及されていると言います。

このエッセイを分析してみると、3つの構成要素からなっています。

(1) ラムザイヤーが書いたコラムと論文に対する彼女自身の批評。
(2) ラムザイヤーの著作物に対するソク以外の研究者のコメント。
(3) ラムザイヤーの著作物とは直接的には関係しない日米韓政府の動き、及び慰安婦問題に対するアメリカの世論。

ソクが3つの構成要素にエッセイ全体のどのくらいのスペースを使っているかを調べてみると、(1)約8.8%、(2)約32%、(3)21.6%だったと言います。

確かにソクは慰安婦問題の専門家ではないが、自分の独自見解は、たった8.8%で、他人のいうことだとか、政治問題をお持ち出して、日本の右傾化などを交えて、エッセイを補強している、というのが実態です。

自分の言葉による批判の核心は、契約があったといっても、契約は自由に行動できる当事者間の交渉を前提としているので、性行為が義務付けられ、それを拒否して立ち去るという選択肢がない状況は、契約下にあるとは言えない、というところにあります。そもそも何かの仕事をする契約は、いつでもそれを行うことを拒否していたら全く成り立たないものばかりというのが現実かと思います。ことさら性行為を持ち出して情緒にうったえて説得しようという巧妙な論を展開していますが、はっきり言って、契約というものの偽造です。

しかも、彼女はもともと「慰安婦」たちは「力づくで脅迫詐欺、そして強制によって徴収・監禁された」という慰安婦の証言を「信用するに値しない」という前提に立ちながら、こんな契約一般とかけ離れた前提を持ち出して、「契約」ではないという勝手な結論を導き出しているのです。

日本語原文: http://hassin.org/01/wp-content/uploads/Agreement10.pdf

英訳文: http://www.sdh-fact.com/CL/Agreement10E.pdf

令和4年4月13日 「史実を世界に発信する会」 茂木弘道

https://hassin.org

“Comfort Women” All Signed Contracts of Agreement: Impact of the Ramseyer Article
Arima Tetsuo, Professor, Waseda University
(English Translation: Society for the Dissemination of Historical Fact)

Series No. 10: Chapter 8: Jennie Suk Gersen’s Buck-Passing Rhetoric

In Chapter 7 the author demonstrated how Jennie Suk Gersen’s article slanders and libels Ramseyer and his paper. He provides a detailed analysis of the rhetoric she employs in this Chapter.

A look at criticism of Ramseyer’s work in Korean and other media reveals that “Seeking the True Story of the Comfort Women,” written by Suk Gersen for The New Yorker, receives the most frequent mention.

Suk Gersen’s essay consists of the following three components:

(1) Her own commentary on Ramseyer’s columns and articles.

(2) Comments by other researchers on Ramseyer’s work.

(3) Discussion of Japanese, U.S. and Korean government trends (not directly related to Ramseyer’s work); U.S. public opinion on the comfort-women issue.

Professor Arima used the character-count function to determine how much space Suk Gersen devoted to each of these components.

His conclusion is: approximately 8.8% for (1), 32% for (2) and 21.6% for (3). Suk Gersen quoted others about 3.8 more times than she used her own words, clearly divulging her rhetorical tactic.

At the heart of Gersen Suk’s argument is that when sex is mandatory, it cannot fairly be described as contractual if the party providing sex service is not given the option to refuse to provide said services or to withdraw from the contract. But by definition, a contract is mandatory in nature. Suk Gersen’s definition of “contract” is arbitrary and not commonly accepted.

HTML: http://www.sdh-fact.com/book-article/1903/
PDF: http://www.sdh-fact.com/CL/Agreement10E.pdf

MOTEKI Hiromichi, Chairman
Society for the Dissemination of Historical Fact

SDHF Newsletter No.349J 中国ガンとの最終戦争その6 第5章 選択を迫られる日本

2022年4月5日 火曜日

『中国ガンとの最終戦争』(勉誠出版)
林建良著

その6—第5章 選択を迫られる日本

日本が持っている力とは中国の民主化を促す力だと林建良さんはいいます。中国の民主化は、中国を無害にするだけでなく、アジア全体の活性化につながります。

第1節 戦後日本人の独立心の欠如

台湾人が尊敬してやまない日本精神とは
真っ逆さまになった日本人の価値観
潔さという日本人の深層心理
都合のいい独立心の欠如
完全依存が軽蔑を生む
経済だけでは存続できない
日本はカルタゴになりたいのか

第2節 期待されている日本の役割

台湾人の憧れる日本=サムライの国?
そろばん勘定だけの政治家・官僚・経済人
軽蔑を招いた「無機質で抜け目のない日本人」
檻から出ようとしないライオン=日本人
アジアの国々は日本の正常化を願っている
中国癌にたいしてアメリカは盾、日本は矛となる
日本は中国の民主化を促すことができる
日本も人権法を制定すべき
中国癌を無害化するべし

第3節 日本と台湾=兄弟国の再認識

李登輝理念とは何か
深い愛情に根差す李登輝さんの「日台共栄」の理念
文化的日本人であり続けた李登輝さん
李登輝さんの死生観は武士道に通じている
日台共栄の理念とは
日台共同通貨と相互認証
日本の致命傷・中国に対する警戒心のなさ
中国は日本を敵とみなしている
台湾人の「一枝草、一点露」精神
「真実自然」という李登輝理念
一貫して台湾人の敵の側に立つ日本政府
誠実という李登輝理念
日本と台湾の国造り

第4節 間違わなければアジアの世紀はそこにある

頭と体が分離している中国人
儒教は統治者に都合のいいイデオロギー
「徳治」という詐術
中国癌の核心は「大統一思想」
癌の専門医は論語を勉強せよ
中国人を共産党から分断
大統一思想との直球対決
利益と恐怖、中国人の弱いところ
武漢コロナウィルスを利用して中国をバラバラに
上海と四川の独立運動
簡単な方法で中国の分裂を誘発できる
分裂は中国人の幸せにつながる
アジアの危機、その大半が解消される

『中国癌との最終戦争』:https://www.amazon.co.jp/dp/4585230831/
第5章 英訳文: http://www.sdh-fact.com/CL/CancerE6.pdf

令和4年4月5日 「史実を世界に発信する会」 茂木弘道

HOW TO DEFEAT CHINA CANCER: THE FINAL SHOWDOWN
(Bensei Publishing Inc.)

Lin Kenryo

(English Translation: Society for the Dissemination of Historical Facts)

Series No. 6: Chapter 5: Japan at a Crossroads

Dr. Lin says that the US and Japan should fight China cancer together. Japan’s most important role in this fight is to help China democratize.

The worst evil in today’s China is its one-party dictatorship. On a whim, a dictator can rob citizens of their lives and appropriate their assets. In the eyes of the Chinese — of the entire world, for that matter — a monolithic dictatorship is a nightmare. The great majority of Chinese want to leave China and move to a democratic nation. The Chinese long for democracy, and many of them are making a real effort to democratize China.

In the past Japan supported Chinese revolutionaries, helping them to overthrow the Qing dynasty. But today’s Japan does not need to send money or weapons to China as it did in support of the Xinhai Revolution in 1911. Instead, the Japanese need to encourage the democratization of China. Pacifist Japan’s support for democratization would have a considerable impact, and would help motivate the Chinese.

Since the concepts of human rights and democracy are understood throughout the world, and since they transcend generational and ideological boundaries, there will be widespread approval of Japan’s stance and support for democratization. Such a movement would certainly become known to the Chinese people and begin to broaden. The members of the Chinese democratization movement and outside sympathizers could collaborate, and their activities would surely expand. Such an eventuality is the CCP’s biggest fear.

In other words, the democratization of China is the most effective means of mitigating China cancer.

HTML: http://www.sdh-fact.com/book-article/1899/
PDF: http://www.sdh-fact.com/CL/CancerE6.pdf

MOTEKI Hiromichi, Chairman
Society for the Dissemination of Historical Fact

SDHF Newsletter No.348J ラムザイヤー論文批判への全面的反論

2022年3月28日 月曜日

ラムザイヤー論文批判への全面的な反論文

ハーバード大学の法経済学者マーク・ラムザイヤー教授の「太平洋戦争における性サービス」という論文が、ジャパン・フォーワードに取り上げられたのをきっかけに、大バッシングが韓国、アメリカなど世界的な規模で起こったのは、昨年の1月でした。何と世界の学者3000人以上が撤回要求書に署名するという異常な事態が起こったのでした。
これに反撃するために、われわれは4月24日にはシンポジウムを開催し、またわれわれのニュースレターでも反論を掲載してきました。目下、有馬哲夫先生著『「慰安婦」はみな合意契約をしていた』(ワック)の英訳を連載中です。
さて、ラムザイヤー教授が批判に対する全面的な反論をまとめられましたので、教授のご許可をいただきまして皆様にご案内する次第です。発信する会では、日本語訳を行いましたので、これもご案内する次第です。

A RESPONSE RO MY CRITICS: http://www.sdh-fact.com/review-article/1893/

反論文日本語訳: http://hassin.org/01/wp-content/uploads/CONTRACTING.pdf

この反論文をお読みいただければお分かりのように、3000人の署名者が前提としている、日本軍による20万人の慰安婦強制連行なるものは、それを証明する証拠となる文献、目撃証言はただの一つもありません。慰安婦が契約書を交わしていたはずがない、その証拠には、そんな契約書は1点も残っていないではないか、と学者たちはいいます。しかし、そんな済んでしまった私文書を残している人がいるはずがありません。しかし、ラムザイヤー教授は当時の様々な公文書に、契約書の様式、その扱いなどが書かれていることを示しています。その資料は膨大にあります。本論文集には6ページにわたって掲載されています。

いずれにしましてもこの論争、ラムザイヤー教授の「完勝」であることは、まともな知性を持つ者には明白となったと言えるでしょう。

令和4年3月28日「史実を世界に発信する会」会長代行 茂木弘道拝

http://hassin.org

CONTRACTING FOR SEX IN THE PACIFIC WAR
A RESPONSE TO MY CRITICS
J. Mark Ramseyer

January last year, a storm of protests against Harvard Professor Ramseyer’s academic paper “Contracting for Sex in the Pacific War” occurred not only in Korea but also in America and Europe. It was really an extraordinary event, because the protesters (more than 3000 scholars joined) demanded that an academic paper be withdrawn without academic discussion process.
We refuted such unfair attack at Ramseyer. On April 24, 2021, we held a seminar to counter argue their non-theoretical critics. We have been publishing translation of a book “Comfort Women All Signed a Contract of Agreement” written by Arima Tetsuo, Professor at Waseda University in this Newsletter.

Now Professor Ramseyer compiled his responses to his critics as follows:
CONTRACTINF FOR SEX IN THE PACIFIC WAR
A RESPONSE TO MY CRITICS:

URL: http://www.sdh-fact.com/review-article/1893/
PDF: http://www.sdh-fact.com/CL/CONTRACTINGE.pdf

In his response articles, he perfectly demonstrates that Japanese military’s 200,000 forced conscription has not a single evidence material and third party person testimony. Most critics argue that there were never contract between the comfort women and the brothels. For example Suk Gersen, Harvard says in newspaper Joong Ang Ilbo;
“I examined the references of Professor Ramseyer’s article and found out that there were no contracts related to South Korean women at the wartime comfort stations nor secondary sources indicating the presence of contracts in question.”
But this is a sheer lie. Ramseyer cited in his paper “U.S. Office of War” information, in which the contract the comfort women signed is clearly mentioned.
In this response paper, the source of contract information is listed using as many as 6 pages.
Every one with academic thinking and human conscience will conclude that Ramseyer made a complete victory in this controversy.

MOTEKI Hiromichi, Chairman
Society for the Dissemination of Historical Fact

SDHF Newsletter No.347J 一次史料が明かす南京事件の真実 その7 第六章

2022年3月8日 火曜日

一次史料が明かす 南京事件の真実』(展転社)(改訂版)
池田 悠 著

その7 第六章 アメリカ宣教師団による中国軍支援背景

中国におけるプロテスタント教会の全会派の連合体は、1922年に全国基督教連盟として設立されました。1937年5月6日、上海で開催された全国基督教連盟の総会において、蒋介石が推進している『新生活運動』に全面的に協力する決議を採択したのです。

『新生活運動』は単なる文化運動ではありませんでした。運動スローガンの生活の三化の第1は、「軍事化」でした。それは軍隊の組織・軍隊の規律・軍隊の精神・軍隊の行動及び生活を以て、政治・経済・教育を普及せしめ、社会全体がそれによって一つの戦闘隊ことを目的とするものでした。

『新生活運動』は従って、日中戦争勃発後に国民党の「抗戦建国」という戦時体制に組み込まれ、「戦地服務」活動を行うことになります。

宣教師たちの中にはこの軍事的な色彩の濃い新生活運動を警戒しているものもいました。しかし、蒋介石の権力基盤が確立され、また西安事件時に蒋介石が表明した信仰告白がクリスチャンに与えた強い影響もあり、この時期に全面的に支援する決定をしたわけです。

南京の宣教師グループの会合で、リーダー格のミルズ師が中国軍支援をしたいという発言をしたことが、ヴォ—トリンの日記に出てきますが、この決議の延長上のことであることが理解できます。

一方、中国側の動きはどうであったかと言いますと、まず1937年2月、「黄仁霖大佐」が、『新生活運動』の幹事長に任命されています。ミルズ師がアメリカ宣教師団による南京安全区での中国軍支援保護の意向を申し出たのは、この黄仁霖大佐なのです。

つまり、南京でおこったことは、上海でカソリックのジャキーノ神父が中立の安全区を作って、住民保護をしていたのと同じようなことをしていることを装いながら、実は中国軍との密接な連携の下、中国軍支援を行っていたということなのです。南京安全区を作り管理していた南京安全区国際委員会は中立のヴォランタリー・グループではなく、中国軍を支援保護することを目的としたアメリカ人宣教師グループであったのです。

日本語原文: http://www.sdh-fact.com/book-article/1885/
英訳文: http://hassin.org/01/wp-content/uploads/Primary7.pdf

令和4年3月8日 「史実を世界に発信する会」 茂木弘道拝

Primary Historical Sources Reveal The Truth About
The Nanjing Incident (Revised Version)
Ikeda Haruka

(Translated by The Society for the Dissemination of Historical Fact)
Series No.7: Chapter 6 The background of the American Missions
in Nanjing supporting the Chinese Army

The National Christian Council, representing Chinese Protestant churches, was established upon the union of all Protestant sects in 1922. On May 6, 1937, at the National Council General Assembly, resolution was passed supporting cooperation to the extent possible with Chiang Kai-shek’s “New Life Movement”.

However, the “New Life Movement” was not just about cultural reform. The first of its three slogans was “Militarization of Life.” “Militarization means to have the military organization, disciplines, spirits, actions and life permeate through economy and society, and by doing so, to make the entire society one combat unit.”

Consequently, the New Life Movement was incorporated into the Nationalist Party’s wartime scheme of fighting the enemy for the purpose of nation-building, “as planned,” after the start of the Second Sino-Japanese War. The Movement was to be involved in “War Area Service” and other actions.

Some Protestant churches hesitated in officially joining a political movement. But Chiang Kai-shek’s political leadership was established by this time and because of his profession of his Christian faith while he was held prisoner during the Xi’an Incident, the NCC decided to fully cooperate with Chiang’s “New Life Movement.”

As mentioned in Chapter 2, 3. (2) of this book, Minnie Vautrin wrote in her diary that, as a secret matter, Mr. Mills, leader of the American missionary group in Nanking, emphasized encouragement and comfort of the Chinese army. Mill’s intention along was the NCC’s policy.

As to the Chinese side, Colonel Huang Jen Lin was appointed general secretary of the “New Life Movement”. Colonel Huang was the very person missionary Mills informed of the American missionaries’ intention to support and protect the Chinese Army within the Nanking Safety Zone.

Therefore, what happened in Nanjing Safety Zone, which pretended to be something similar to that organized by Catholic priest Jacquinot in Shanghai, was not the result of neutral missionaries but of American missionaries who actively cooperated with the Chinese.

URL:   http://www.sdh-fact.com/book-article/1885/
PDF:   http://www.sdh-fact.com/CL/Primary7E.pdf

MOTEKI Hiromichi, Acting Chairman
for KASE Hideaki, Chairman
Society for the Dissemination of Historical Fact

SDHF Newsletter No.346J 慰安婦はみな合意契約をしていた その9,第7章

2022年3月4日 金曜日

『「慰安婦」はみな合意契約をしていた』

—ハーバード大学教授ラムザイヤー論文の衝撃—
有馬哲夫著(ワック株式会社)

その9—第2部 無知で卑劣なラムザイヤー批判者たち

第7章 ソク・ジョンの悪質な誹謗中傷

ソク・ジョンはハーバード大学ロースクールの教授です。同じハーバード大学ということもあり、ラムザイヤー論文批判の中心的存在とみなされている人物です。しかし、彼女は、とても学者、研究者のいうこととは思えない、低レベルというより、ウソ、デッチアゲに満ちた論者なのです。

彼女は、韓国のメディアに次のように語っています。
「ラムザイヤー論文の脚注を調べた結果、戦時慰安所の韓国人女性に関する契約内容がなかったうえ、該当契約を記述した二次出所もなかった。」

実はこれは、とんでもない大ウソなのです。ラムザイヤー論文の脚注には、“U.S. Office of War Information Report No. 49, Oct. 1,”が載っています。これは、ビルマで米軍が韓国人慰安婦に尋問した記録です。ここには、「募集」という項目があり、そこに「自ら署名した契約により、前借の金の額に応じ半年から1年の仕事に従事させられた。」と契約について明確に書かれているのです。

この脚注は、米軍が直接慰安婦を尋問した記録であり、極めて信頼性が高く重要なものであって、ソク・ジョン教授がこれを見逃したとしたら、とんでもない大ミスであり、ラムザイヤー教授に平身低頭して謝罪すべきことです。しかし、こんな嘘を言ってる彼女は、批判もされず、ラムザイヤー批判のスターになっているのです。

そればかりではありません。この大ウソ論文を根拠にして、韓国の鄭栄愛韓国家族相は、ラムザイヤー論文を「研究者の基本がそろっていない内容」と決めつけているというんですから、ヒドイはなしです。

慰安婦問題は、学界ぐるみ、政府ぐるみ、マスコミぐるみで大ウソを世界規模で宣伝している、現代の国際犯罪となっているのです。

日本語原文: http://hassin.org/01/wp-content/uploads/Agreement9.pdf
英訳文: http://www.sdh-fact.com/book-article/1883/

令和4年3月4日 「史実を世界に発信する会」 茂木弘道

https://hassin.org

“Comfort Women” All Signed a Contract of Agreement
—Impact of the Ramseyer Article
Series No. 8: Part II: Ignorant and Nasty Critics against Ramseyer
Chapter 7: Jennie Suk Gersen’s malicious slander

Arima Tetsuo, Professor, Waseda University
(English Translation: Society for the Dissemination of Historical Facts)

Jennie Suk Gersen is a professor at Harvard Law School. She is regarded as one of Ramseyer’s most strident critics. Her criticism, though, is very minor in nature. She engages, however, in mostly lying and demagoguery, which are very much beneath most academics.

She wrote in the Korean newspaper Joong Ang Ilbo;

“I examined the references of Professor Ramseyer’s article and found out that there were no contracts related to South Korean women at the wartime comfort stations nor secondary sources indicating the presence of contracts in question.”

This statement is in fact a sheer lie. Among the references cited in Ramseyer’s paper is “U.S. Office of War Information, 1944, Interrogation Report No. 49, October 1, 1944, in Josei (1997:5-203).” The US Army interrogated Korean comfort women captured in Burma, and so this report is very reliable and very important. It contains as Preface, and sections on Recruiting, Personality, Living and working conditions, prior system, Pay and living condition. The “Recruiting” section clearly mentions:

“The contract they signed bound them to Army regulations and to war for the “house master” for a period of from six months to a year depending on the family debt for which they were advanced … ”

Therefore, Suk’s statement, that “there were no contracts” is plainly a lie. Are academics allowed to state such lies in the media? Since the information in Ramseyer’s note is not trivial but very long, it is not the case that Suk overlooked it. If so, then she needs to openly apologize for her grievous error—which she has yet to do.

Furthermore, based on Suk’s lie, South Korean Minister of Gender Equality and Family Chung Young-ai is said to have claimed that Ramseyer’s paper was fundamentally flawed.

The fact is that sheer lies concerning the comfort women are spread throughout the world by academics who claim to know better.

HTML: http://www.sdh-fact.com/book-article/1883/
PDF: http://www.sdh-fact.com/CL/Agreement9E.pdf

MOTEKI Hiromichi, Acting Chairman
for KASE Hideaki, Chairman
Society for the Dissemination of Historical Fact

SDHF Newsletter No.345J スリランカの独立

2022年2月16日 水曜日

スリランカはアジアの国々とともに自由を勝ち取った
(原文英語、日本語訳:「史実を世界に発信する会」 )
セナカ・ウィーララトゥナ(スリランカ弁護士、仏教活動家)

2月4日は、スリランカの独立記念日です。この記念日にちなんで、スリランカの弁護士で仏教活動家のセナカ・ウィーララトゥナ氏は、スリランカのビジネス日刊紙 Daily FTにこの論文を寄稿しました。

https://www.ft.lk/columns/Sri-Lanka-s-march-to-freedom-alongside-the-rest-of-Asia/4-730421

本ニュースレターへの掲載の許可を得ましたので、日本語訳文とともに掲載いたします。

セナカ氏はスリランカの独立は、自らの戦いは微弱なもので、インドの独立闘争に便乗したものであったと言います。インドはスバス・チャンドラ・ボースの指導の下、日本と協力してインド国民軍によりイギリスと戦ったからこそ、インドが独立できたのだと言います。

インドでは今やネタジ・チャンドラ・ボースこそがインド解放の父であるといわれるようになっていると言います。ガンジーをインド解放の英雄に仕立て上げたのは、英国人か英帝国に飼いならされたインド人の陰謀に過ぎないとすら言います。実際のところ、ガンジーもインド国民会議もイギリスにとっては痛くもかゆくもない存在だったのです。

要するに、西洋のアジアにおける植民地主義は最終的にはアジアの人々の武力によって打倒されたわけです。日本、ベトナム、インドネシア、ビルマ、インド、フィリピンの人々が見事に西欧と戦い、500年近くも続いた植民地支配を打倒したというのが歴史の真実なのです。特に日本は、インドを解放する青写真を持っていました。これこそ20世紀を記念する偉大な出来事でした。

さらにセナカ氏は、精神的な「脱植民地化」の必要性を強調しています。そのためには、1505〜1948年の植民地時代の歴史の見直し、書き換えが何よりも大事だと言います。まさしく「歴史修正主義」です。世界を支配する、左翼的な、また東京裁判史観の歴史学者、インテリは、「歴史修正主義者!」「否認者=ディナイアー!」と叫んでこれを押しつぶそうとするでしょう。しかし、西洋植民地主義がベースにある歴史、歴史観は、アジアの独立派によって正しく「修正」すべきなのです。

セナカ氏は、さらに「憲法」も、「脱植民地化」されなければならないと言っています。日本人もこの正義の訴えに目を覚ますべきでありましょう。

英語原文:http://www.sdh-fact.com/CL/SriLankaE.pdf
日本語訳:http://hassin.org/01/wp-content/uploads/SriLanka.pdf

令和4年2月16日 「史実を世界に発信する会」 茂木弘道

https://hassin.org

Sri Lanka’s march to freedom alongside the rest of Asia
By Senaka Weeraratna (Attorney-at-law, Sri Lanka)

Commemorating Sri Lanka’s Independence Day, February 4, Mr. Senaka Weeraratna wrote, “Sri Lanaka’s march to freedom alongside the rest of Asia,” in the Daily FT, Sri Lanka’s only national daily business newspaper. With Mr. Weeraratna’s kind permission, we republish his commentary here:

https://www.ft.lk/columns/Sri-Lanka-s-march-to-freedom-alongside-the-rest-of-Asia/4-730421

He writes that Sri Lanka’s independence rode on the back of India’s struggle. India, under the leadership of Netaji Subash Chandra Bose, marched on to Delhi with Japanese military assistance. Even though his struggle failed, it led the way to Indian independence.

The Government of India has declared Netaji Subash Chandra Bose the father of India’s struggle for freedom, displacing Mahatma Gandhi from a pedestal that many thought was unassailable. This represents a historic shift towards changing the overall narrative of India’s liberation from British occupation.

The view that Mahatma Gandhi, utilizing ‘Ahimsa’ and ‘non- violence’ in his civil disobedience campaigns, won India’s freedom has been discarded.

Western colonialism in Asia was ultimately defeated by force of arms on the part of the people of Asia. The Japanese, Vietnamese, Indonesians, Burmese, Indians, and Filipinos successfully challenged the West– resisting foreign occupation and finally emerging victorious. The departure of the West from the East after nearly 500 years of military adventurism and hegemonic rule is one of the defining landmarks of the 20th century.

Mr. Weeraratna further calls for spiritual “decolonization.” He says “… our written History particularly of the colonial era from 1505 – 1948 should be reviewed and rewritten by top scholars with de-colonized minds. This principle also applies to the drawing of the national constitution.”

European historians and intellectual elitists will condemn such “historical revisionism”! Yes, this is in fact revision of history, written with a decolonized view of history.

HTML: http://www.sdh-fact.com/essay-article/1877/
PDF: http://www.sdh-fact.com/CL/SriLankaE.pdf

MOTEKI Hiromichi, Acting Chairman
for KASE Hideaki, Chairman
Society for the Dissemination of Historical Fact

SDHF Newsletter No.344J 慰安婦はみな合意契約をしていた その8 第6章

2022年2月8日 火曜日

『「慰安婦」はみな合意契約をしていた』
—ハーバード大学教授ラムザイヤー論文の衝撃—

有馬哲夫著(ワック株式会社)

その8 第6章 慰安婦制度を人権の問題として糾弾するのは間違っている

慰安婦制度は、当時の国内法、国際法いずれから見ても合法でした。国際法として当時「婦人及び児童の売買禁止に関する条約」がありましたが、日本は第5条の娼婦の年齢制限21歳以上を保留したうえで、署名していました。台湾、朝鮮などで、16歳、17歳以上という法律があったからです。

したがって、国内法にも国際法にも違反していない慰安婦制度を人権侵害と非難するのは、全く間違っています。しかも、人権侵害を問題にするのなら、現在と将来の人権侵害が発生することを問題にすべきで、法に違反していない過去の慰安婦制度を、人権問題にするのは全く不当としか言いようがありません。

そもそもこんな不当な糾弾が発生したのは、吉田清治が書いた済州島における慰安婦狩り、という大ウソを朝日新聞が大々的に取り上げた結果、大ウソを世界中の人が信じてしまった結果なのです。

このウソにお墨付きを与えた国連のクマラスワミ報告書ですが、本来の委託事項を無視して過去のことを取り上げて日本だけを攻撃する「付属文書」としてなのです。しかも彼女の事実認定は、基本的に吉田清治が朝日新聞にした証言に基づいており、これに加えて、北朝鮮の元慰安婦と称する女性が慰安婦を殺しその肉を他の慰安婦に食べろと命じたなどの証言を真に受けたという信じられないものでした。事実チェックなどみじんも行われていないものでした。このウソに基づいて、慰安婦制度は1926年の奴隷条約に反すると結論づけたのです。

さらに国連人権委員会に出されたマクドゥーガル報告書ですが、これも事実認定はクマラスワミとほとんど同じで、全くの事実無根といえるものです。そして彼女の場合、兵士が慰安所を利用することをレイプと断定し、これはハーグ条約に反する戦争犯罪だというのです。そして、人道に反する戦争犯罪には時効がないという理屈で、日本非難を行うのです。ウソの上にとんでもない罪をでっちあげて日本非難を行うのが彼女の論なのです。

しかも彼女は彼女の論拠に河野談話やその後の日本の謝罪を取り上げ、日本は悪いことをしたと認めているではないか、と居丈高になるのです。

要するに、善人ぶって謝罪したことが、なんと時効のない戦争犯罪にまで持って行かれてしまったというわけです。真実については、1ミリも譲ってはいけないということを著者の有馬教授は強調しています。

日本語原文: http://hassin.org/01/wp-content/uploads/Agreement8.pdf
英訳文: http://www.sdh-fact.com/CL/Agreement8E.pdf

令和4年2月8日 「史実を世界に発信する会」 茂木弘道

https://hassin.org

“Comfort Women” All Signed a Contract of Agreement
—Impact of the Ramseyer Article
Arima Tetsuo, Professor, Waseda University

(English Translation: Society for the Dissemination of Historical Facts)

Series No. 8: Chapter 6: It is Wrong to Condemn the Comfort Women System as a Human Right Issue

The comfort women system was legal, both domestically and internationally, at that time. Therefore, it cannot be violation of human rights.

When we take up “women’s human rights,” we must be aware that it is wrong to discuss based on the application of the present standards to the past. Currently, prostitution is seen critically from the perspective of “women’s human rights” but it was not the case in the days when the comfort women system existed. Naturally, “women’s human rights” are important but they can only protect women of the present and in the future and not comfort women in the past.

The Coomaraswamy Report, which is well-known as a criticism of the comfort women system of Japan, was not in keeping with the gist of the UN’s initiatives for women’s human rights. It is an Addendum 1 because it is not the main content. The main Coomaraswamy Report certainly set “women’s human rights” as the agenda in a future-oriented manner.

In addition, her way of fact-finding could only be described as faulty. That is, it was based on Yoshida Seiji’s “testimony” given to the Asahi Shimbun, which had already been confirmed to be a fabrication at that time.

MacDougall Report, another report to UN, holds quite similar facts recognition as Coomaraswamy’s without any verifications. She calls comfort stations “rape centers” and regards soldiers’ use of comfort stations as “rape”. She asserted that statues of limitation do not apply crime against humanity.

Japanese government concession at an initial stage finally led to “war crime against humanity”. The author emphasizes that “Give him an inch and he’ll take an ell” in the international community, we have to keep fighting for correcting the unfair and wrong recognition with persistence and patience and without daunting or giving up.

HTML: http://www.sdh-fact.com/book-article/1871/
PDF:  http://www.sdh-fact.com/CL/Agreement8E.pdf

MOTEKI Hiromichi, Acting Chairman
for KASE Hideaki, Chairman
Society for the Dissemination of Historical Fact

SDHF Newsletter No.343J 一次史料が明かす南京事件の真実 その6 第五章

2022年1月26日 水曜日

『一次史料が明かす 南京事件の真実』(展転社)(改訂版)
池田 悠 著

その6 第五章 「中立の第三者」アメリカ宣教師団が導いた東京裁判判決

東京裁判で検察側の証言の中心を形成したのはアメリカ宣教師団でした。第三者の良心的な人々の証言とされ、南京事件の見方を決定づけたわけです。その後出てくる「証拠」「証言」と称するものも、この見方の延長上に位置付けられていきました。

東京裁判の証言者、ウイルソン、ベイツ、マギー、そして宣誓供述書を出したスマイス、フィッチ、マッカラム、はすべてアメリカ宣教師団メンバーです。そして、アメリカ大使館員による報告書、実質宣教師団によって作成された「南京安全地帯の記録」など。

ドイツ人ファルケンハウゼン将軍がトラウトマン大使に提出した「あるドイツ人目撃者による報告」がこれに加わります。しかし、ファルケンハウゼンは、蒋介石政権の軍事顧問団長ですので、この信憑性には問題があります。さらに、これは偽造文書である可能性が高いことを池田氏は証明しています。

東京裁判では10万人以上の虐殺があった証拠として、埋葬記録が提出されています。紅卍会が43,071人、崇善堂が112,266人です。紅卍会は日本軍の許可を得て(実際埋葬料金を得て)埋葬行っていました。シャルフェンベルグの記録にも、このことは出てきます。しかし、崇善堂などという記載はどこにも出てきません。当時ほとんど活動してなかったからです。したがって、死体数はほぼ4万であったということです。中国軍総数が、約10万とみられていますので、4万は戦死者であり、市民の死体はほとんどなかったということになります。

東京裁判で、意図的に避けられていた問題が人口のことです。弁護側が、人口問題を取り上げると、ウエッブ裁判長はこれを取り上げずそのままにされました。国際委員会の報告書に、「貴国部隊が南京に入場した13日、私共は市民のほぼ全員を安全地帯という一地区に集合させていた」と書いています。そして「安全地帯を運営する際には、総計約20万人の世話をする必要があると見積もられている。」とも書かれています。そのご、12月中の報告書には20万人という数字が書かれていて、1月14日にこの数字が25万人と書かれるのです。南京の門は閉ざされていたので、外部から多くの人が入れるはずがありません。日本軍が行った住民登録をもとに増加させたわけです。いずれにしても、虐殺などありえないと彼ら自身が書いた文書は物語っているわけです。ウエッブ裁判長も、これをまともに論じられたらどうしようもなくなったので逃げたわけです。

日本語原文: http://hassin.org/01/wp-content/uploads/Primary6.pdf
英訳文: http://www.sdh-fact.com/CL/Primary6E.pdf

令和4年1月26日 「史実を世界に発信する会」 茂木弘道拝

Primary Historical Sources Reveal The Truth About
The Nanjing Incident (Revised Version)

Ikeda Haruka
(translated by The Society for the Dissemination of Historical Fact)

Series No.6: Chapter 5

Verdict at the Tokyo Trials induced by neutral third party American Missionaries

Currently, the prevailing view of the Nanjing Incident can be called “the American missionaries’ view of history.” This view is based on the accounts of American missionaries who were regarded as neutral, third-party witnesses and as such constituted the core of statements for the prosecutors at the Tokyo Trials. The view justified the missionaries’ activities during the period surrounding the Nanjing Incident and their statements were blindly swallowed up as fact without verification. Thus, China’s propaganda after the War and “newly discovered” documents by a handful of Japanese of cases of disorderly conduct during the postwar years were created along the American missionaries’ view.

There were also reports made by American Embassy officials, Documents of the Nanking Safety Zone prepared by the International Committee, reports to the German Embassy by the German, Mr. Rabe, and “A Report of a German Eyewitness,” submitted by German Lieutenant General von Falkenhausen to Ambassador Trautmann. But Falkenhausen was a military advisor to Chiang Kai-shek–any claim to “neutrality” from Falkenhausen is dubious. The author verifies that there are forged sections in “A Report of a German Eyewitness.”

It was said at the Tokyo Trials that contemporary burial records were the basis for an alleged massacre of more than 100,000 people. According to sources submitted to the court, the Red Swastika Society buried 43,071 and Chong Shan Tang buried 112,266. In a memorandum that Chancellor Scharffenberg wrote, “The Red Swastika Society has been given permission to bury the bodies.” But no mention was made about Chong Shan Tang. Burials were allowed with permission of the Japanese army and there was no mention about Chong Shan Tang in Japanese army records. Mr. Ara Kenichi says that Chong Shan Tang was not active at that time. So, Chong Shan Tang’s records are merely forgeries. It is reasonable to estimate that about 40,000 out of a total 100,000 Chinese soldiers were killed in battle, rather than a massacre of civilian.

The defense brought up the population of Nanjing, but Chief justice Webb overruled the defense.

The International Committee wrote: “It is estimated that altogether some 200,000 people will have to be cared for, when the zone is put into operation.” Throughout December, the Committee’s record stated that there were 200,000 in the Nanjing Safety Zone. But on January 14, they wrote that the population was 250,000, as a result of the Japanese army’s registration of citizens. Anyway, there is no evidence the population decreased—there was a huge slaughter of people but no population decrease?

URL: http://www.sdh-fact.com/book-article/1864/
PDF: http://www.sdh-fact.com/CL/Primary6E.pdf

MOTEKI Hiromichi, Acting Chairman
for KASE Hideaki, Chairman
Society for the Dissemination of Historical Fact

SDHF Newsletter No.342J 書評 英文版「大東亜戦争 日本は勝利の方程式を持っていた」

2022年1月21日 金曜日

< 書 評 >
Japan’s Master Plan for Victory: What Could Have Been.
Moteki Hiromichi

原書「大東亜戦争:日本は勝利の方程式を持っていた」(ハート出版)
英文書評者:タダシ・ハマ
日本語訳(「史実を世界に発信する会」 )

いわゆる「太平洋戦争」については、決まりきった解釈が定番になっている。片や日本帝国、片や西欧とその同盟国の間の紛争であり、そもそも、日本側には勝つ見込みは皆無だった。無謀な戦争だったというわけだ。日本のGNPはカナダとほぼ同じだった。そんな国がどうして西欧に勝てるはずがあったろうか。一方では、日本は「心底からのワル」と蔑まれていた。「近隣諸国に対して全く同情心を持たない侵略国家」と決めつけられていたのである。その理窟を貫けば、日本はどんな無慈悲な攻撃を受けても自業自得だったということになる。

日本の歴史学者も怠慢なことでは西欧の学者にひけを取らない。唯々諾々と「定番の解釈」に追従している。日本帝国がなぜ武器を取って西欧に立ち向かう羽目になったのかを解明しようという努力を怠っている。しかし、米国人の中にも少数ながら、日本が西欧に立ち向かうに至った経緯を直視して来た人々はいた。米国でも、分別ある学者の中には、「定番の解釈」に束縛されずに、ありのままの真実を解明しようとしている人も少なくない。チャールズ・タンシルの『裏口からの参戦』はその例である。

連合国最高司令官だったダグラス・マッカーサー将軍は、1951年、米国上院軍事外交委員で証言をした。日本は基本的な資源の供給を全面的にアジア海域に依存していたのだから、これが手に入らなくなると社会的経済的に崩壊するしかなかったと述べた。したがって、「したがって彼らが戦争に飛び込んで行った動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです」ということだった。

ところで、日本の戦争に大義があったばかりではなく、「勝利の戦略があった」ということを「対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案」という大本営政府連絡会議で16年11月15日に採択された戦略構想に基づき主張したのが、本書である。その英文版が昨年発売されたが、英文版に対する書評をタダシ・ハマ氏が書いている。是非お読みいただきたい。

書評英語原文:  http://www.sdh-fact.com/CL/JapansmasterE.pdf
書評日本語訳: http://hassin.org/01/wp-content/uploads/Japansmaster.pdf

令和4年1月21日 「史実を世界に発信する会」 茂木弘道

<回覧大歓迎>

Japan’s Master Plan for Victory: What Could Have Been.
Hiromichi Moteki

Society for the Dissemination of Historical Fact, 2020

Originally published as Daitoa senso: Nihon wa shori no hoteishiki wo motteita (Heart Publishers, 2018).

Reviewed by: Tadashi Hama

The dominant narrative of the so-called Pacific War, the conflict between Imperial Japan, the West and its allies, is that Japan’s defeat was “inevitable,” even “irresistible”. “How could a country with a GNP [gross national product] about that of… Canada expect to win…” against the West? On the other side of the same coin, Japan was written off as “basically evil,” an “aggressor nation” showing a “total lack of sympathy or respect for her neighbors.”

Few Japanese historians, as well as most Western historians, have bothered to transcend the “dominant narrative” in order to clearly understand Imperial Japan’s motivation to go to war against the West. A few Americans, though, have mulled over Imperial Japan’s decision to take on the West such as Charles Tansill, in his Back Door to War. General Douglas MacArthur, former Supreme Commander for the Allied Powers in Japan, stated his thoughts before a US Senate subcommittee in 1951. He stated: “[Japan’s] purpose… in going to war was largely dictated by security.”

Author Moteki Hiromichi picks up on the missing thread, of Japan’s strategic plan to ensure its own survival by grinding away at the US’s will to fight through a series of bold tactical, psychological, economic and military maneuvers. Moteki tells us that the missing thread that clearly showed that Japan thought carefully of her own survival, rather than world domination, was the “Draft Proposal for Hastening the End of War Against the United States, the United Kingdom, the Netherlands, and Chiang Kai-shek.”

This plan was duly adopted at a Liaison Conference between Imperial General Headquarters and the Imperial Government, held on November 15, 1941.

He analyzes the “Draft Proposal” as the strategy for Japanese victory In fact, Moteki points out that Prime Minister Churchill’s expressed his concern to President Roosevelt on April 15, 1942, in that should Japan control the Western Indian Ocean the British position in the Middle East would collapse and supplies to Russia would be cut. With the UK in a weakened position, according to the “Draft Proposal,” the US would “lose the will to continue hostilities against Japan.” Indeed, as we have seen with the US, a war without a strategy leads to a humanitarian disaster.

URL: http://www.sdh-fact.com/review-article/1861/
PDF: http://www.sdh-fact.com/CL/JapansmasterE.pdf

MOTEKI Hiromichi, Acting Chairman
for KASE Hideaki, Chairman
Society for the Dissemination of Historical Fact

SDHF Newsletter No.341J 国立公文書館への公開質問状-最終報告

2022年1月13日 木曜日

インターネット特別展
「公文書に見る日米交渉—開戦への経緯」
における疑義と要請—最終報告

杉原誠四郎氏は平成17年より国立公文書館で公開されている<インターネット特別展「公開文書に見る日米交渉—開戦への経緯」>に関して令和元年12月8日付で疑義と要請の公開書簡を提出しました。以後、合計4回にわたり、文書を提出してきました。

本ニュースレターでは、その英訳文をつけて発信してまいりました。

この度、杉原氏より最終報告が寄せられましたので、ご紹介する次第です。

・最終報告:http://hassin.org/01/wp-content/uploads/SugiharaF.pdf
・同英訳版:http://www.sdh-fact.com/CL/SugiharaFE.pdf

まずご紹介すべきなのは、国立公文書館のこの件の直接の担当部署である「アジア歴史資料センター」センター長の波多野澄雄氏が杉原氏の問題提起を諒とされ、杉原氏の『日米開戦以降の日本外交の研究』(亜紀書房)とその英訳版、中国語訳版、韓国語版を、特別展の参考文献に載せることになったことです。

外務省にとって都合の悪い文献は、排除するといった悪習が正されとことは、大きな意味があるかと思います。

さらに、杉原氏と波多野氏が質問、回答を重ねていくうちに、多くの共通の問題意識をお互い抱えていることが明らかになってきたということです。そこで杉原氏は、外務省の問題点を糾弾するという方法に代わって、二人の問題意識を論じあい、それを本にまとめとようという考えを抱くようになり、波多野氏も私的な立場としてそれに参加することになったということです。

かくて、昨年12月8日に『吉田茂という病—日本が世界に帰ってくるか』(自由社)を共著で刊行しました。吉田茂という病とは、日本が今患っている自虐史観的な病の根源であるという考え方から、占領時代、現代の問題を詳しく論じあった好著です。

今月23日には『続・吉田茂という病—日本は世界に帰ってくるか』(自由社)が刊行される予定です。

是非皆様にお読みいただきたいと思います。

令和4年1月13日 「史実を世界に発信する会」 茂木弘道拝

<回覧大歓迎>

Open Letter to the National Archives of Japan
Regarding the Special Internet Exhibit
“Diplomatic Negotiation between Japan and the United States”
A Final Report

Professor Sugihara Seishiro sent an open letter of protest to the National Archives of Japan regarding the Special Internet Exhibit, “Diplomatic Negotiation Between Japan and the United States—the process leading to the outbreak of the War seen through archives,” on December 8, 2019. He thereafter sent three additional open letters rebutting the responses from the National Archives.

Since the open letter touched on very important issues on the Japan-US War and the US occupation of Japan, we published the open letters with English translations in our Newsletter.

Now, Professor Sugihara issued his final letter on this subject:

*English translation of the final letter:

URL: http://www.sdh-fact.com/essay-article/1853/
PDF: http://www.sdh-fact.com/CL/SugiharaFE.pdf

The point of contention concerned the treatment of Sugihara’s book, Study on Japan’s Diplomacy after the Opening of the War between Japan and the United States, which addressed the very crucial issues raised in the Exhibit. Moreover, the book was translated into English, Chinese and Korean but was not listed in the reference materials of the Exhibit.

Later, it turned out that responsibility for producing this Special Exhibit rested with the Japan Center for Asian Historical Records. Mr. Hatano Sumio, Director of the Center, recognized both Sugihara’s protest and demand as valid. Mr. Hanato took action to include Sugihara’s book in the reference materials, reforming the Exhibit.

Professor Sugihara intended to ask the National Archives for an apology, but after discussions with Mr. Hatano, he believed that it would be better to publish a book of the discussions with Mr. Hatano.

On December 20, 2021, on the occasion of the 80th anniversary of the outbreak of the War between Japan and the United States, A Disease Called Yoshida Shigeru—Will Japan Return to the World? (Jiyu-Sha) was published. Its sequel, Sequel: A Disease Called Yoshida Shigeru—Will Japan Return to the World? (Jiyu-Sha) is slated for publication on January 23, 2022.

These two volumes have more than a total of 1000 pages, with valuable information and thoughts on the issue mentioned above.

MOTEKI Hiromichi, Acting Chairman
for KASE Hideaki, Chairman
Society for the Dissemination of Historical Fact

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