著者は1954年、沖縄コザ市生まれ。防衛大学校卒業後、海上自衛隊を経て、現在グロリア・ビジネススクール校長。
本書は、大東亜戦争初期(1942年3月初め)、ジャワ島北方のスラバヤ沖での日本艦隊と英米蘭の連合艦隊との海戦で日本艦隊に撃沈された英巡洋艦「エクゼター」と英駆逐艦「エンカウンター」の乗組員四百数十名が漂流しているのを偶然発見した日本海軍の駆逐艦「雷」(いかづち)が、敵潜水艦の魚雷攻撃を受ける可能性のある危険な戦闘海域で、自艦の乗組員の二倍の敵将兵を救助した「雷」艦長、工藤俊作についての実話である。日本が戦争に敗れたため、戦勝国による日本を貶めるためのさまざまなウソ話が世界中に流布されているが、米軍が太平洋の島々で追い詰めた日本兵を片っ端から火炎放射器などで“処分”していった残虐さと比べると、大東亜戦争の正義がいずれの側にあったのかを如実に物語っている話である。
著者はさすがに海上自衛隊出身だけあって、本書には海軍史や戦史が詳述されている。そこから見えてくるものは、「細部に優れ、大局に劣る」、つまり、国民は職人的には優秀だが国家の指導層の経営力が劣る日本の姿であり、それは日本人の国民性だけではなく日本国家の統治システムに根ざしているようで、現在もさほど改善されているようには見えない。
なお、工藤俊作が山形県屋代郷で生まれた明治34年の3年後には日露戦争が勃発し、上村彦之丞中将(鹿児島出身)が指揮する第二艦隊が、撃沈したロシア東洋艦隊の巡洋艦「リューリック」の将兵627人を三隻の巡洋艦上に救助し、世界中から「日本武士道の実践」と称賛されている。
註:救助された当時の英国兵、サム・フォール氏の著書、“「ありがとう武士道―第二次大戦中、日本海軍駆逐艦に命を救われた英国外交官の回想」先田賢紀智訳、中山理監訳、麗澤大学出版会、2009年8月発行、¥1,680(税込)”も出版されている。