2011年 のアーカイブ

あらためて、日本を誇りたい  加瀬英明

 巨大地震による犠牲者を悼むとともに、被災者を救援するために、できるだけ努め
たい。

 今回の天災は国家的な試練であるが、日本国民の精神性がきわめて高いことを、世
界へ向って示した。

 未曽有の天災であったのにもかかわらず、日本国民がいささかも規律や礼節を失な
うことなく、沈着に行動していることに、中国や、韓国も含めて驚嘆し、称賛してい
る。

 他国であれば、人々が平常心を失って、商店を襲って略奪が頻発するなど、治安が
大きく乱れるものである。

 私は今回の巨大地震によって、日本人が古来から受け継いできた、和の精神を失う
ことなく、保ち続けていることに、そのような精神文化をつくってくれた先祖に、あ
らためて感謝した。

 この和の心は、独特なものだ。そこから規律が発し、自制心、克己心、利他心、同
胞愛が生まれる。和の心は世界のなかで、日本人だけが持っている。

 日本人の高貴な精神は、先人たちの贈物である。日本国民は六十六年前に敗戦によ
る廃墟から雄々しく立ち上がって、短期間で復興を成し遂げて、世界第二位の大国の
地位を獲得した。私は今回も天災を乗り越えて、この国を見事に再建することを、確
信している。  

 私は今回の巨大な震災が、日本に対する天の鞭ではないかと思った。

 あのような巨大な地震に遭遇した時には、人は自分しか頼れない。日本国民の大多
数が公共のサービスや、福祉や、公的なさまざまな援助に依存してきた。国民が国に
対して過剰な依頼心を、もつようになっていた。

 そのなかで、日本国民の依存症がもっとも目に余るのは、国防をアメリカに委ねて
いることだ。一国の運命を、外国人に預けてはならない。日本は自立心を欠いた擬似
国家だ。

 菅首相ははじめ五万人の自衛隊員を投入することを決めたが、十万人に増した。自
民党政権時代から防衛予算と自衛隊の定員を削減してきたから、今日では陸海空自衛
隊を合わせて、実質二十四万人しかいない。自衛隊の本来の任務は、国防に任じるこ
とにある。十万人も災害派遣に投じたら、国防が成り立たない。

 巨大地震によって目を奪われているが、中国の脅威が減じることはない。羅災地の
復興に必要な資金を投じるのとともに、防衛予算を大幅に増額するべきだ。

西太后ニセ詔書まで持ち出す中国の尖閣領有根拠 「史実を世界に発信する会」茂木弘道

 中国政府の尖閣領有は李登輝元総統の言葉を借りれば、「美人を見たら自分の妻だと主張する」のに似たものである。何しろ、1953年1月8日の『人民日報』で尖閣は琉球列島を構成する七組の島々の一つと書き、1960年北京市地図出版社発行の『世界地図集』で尖閣を日本領としていたのが、1968年に国連極東経済委員会(ECAFE)が尖閣海域に石油・ガスなどの地下資源が存在する可能性ありとの報告したとたんに、自国領だと言いだしたのである。あきれ果てた恥ずべき国である。
 
このならずもの並の領有権主張は全く根拠がなく、これに対して日本の領有は100%国際法によって裏づけられていることは『中国はなぜ尖閣を取りに来るのか』(藤岡信勝・加瀬英明編/自由社)の中で詳細に説明しておいた。この全文を目下英訳中で、近々「史実を世界に発信する会」の英文サイトに掲載するとともに、ニューヨーク・タイムズの元日本支社長ニコラス・クリストフのように「中国の主張に分がある」などと虚言をいう連中に送りつけるつもりである。

 古文書などを持ち出して理由づけようとしているがどれもこれも、領有権とは全く無関係であるが、「西太后詔書」なる偽造文書まで持ち出すありさまである。これは光緒19年(1893年)清朝の大官盛宣懐が釣魚島、黄尾嶼、赤尾嶼の三島へ薬草の海芙蓉を採取に赴き、その錠剤を西太后に進呈したところ、その薬効から、西太后がこの三島をその者に与えると書かれた詔書と称するものである。
 
この詔書なるものは、偽造されたニセモノであることが明らかとなっている。
まず、1893年といえば魚釣島、黄尾嶼(久場島)には古賀辰四郎が上陸して開拓に着手してから10年近くたっており、ここに見知らぬ中国人が上陸してくればすぐにわかるはずである。そのようなことはどこにも記録されていないし、伝えられてもいない。また、赤尾嶼は草一本生えない岩山なのに薬草取りをしたとは、ウソ話作りも杜撰である。三島に海扶桑なる薬草が生えていたことはない。
 

そもそもこの詔書は10月と書かれているだけで日付がない。詔書には必ず日付があるし、又玉璽も本物とは異なっている。決定的なのは、盛宣懐を「太常寺正卿」としているのであるが、光緒19年当時その役職には就いていないことが明らかとなっていることだ。ウソにぼろが出てしまったということだ。領地を与えるという重用事なのに当時の清の公文書のどこにもでていない、という事を見ても全くの作り事であることがよくわかる。
 
こんな子供っぽいウソを中国政府は領有権の根拠として正式に主張している。しかし、これを馬鹿にしているだけでは済まない。アメリカ議会調査局報告書ではこれを「無意味」と一掃するのではなく、一つの根拠として列記している。田中上奏文というニセ文書が実に大きな害を日本に与えた事例を思い起こすべきである。ニセ詔書であることを内外に徹底的にPRしていくべきである。(2011.3.18)

2月の集計

2月に頂いたご支援の集計です

2/2,K .T 様 10,000 個人会員
2/2,F .N 様 5,000 寄付
2/4,H .Y 様 10,000 寄付
2/7,I .T 様 20,000 個人会員
2/7,Y .F 様 10,000 個人会員
2/8,N .S 様 10,000 個人会員
2/8,S .M 様 10,000 個人会員
2/8,I .T 様 10,000 個人会員
2/8,T .S 様 10,000 個人会員
2/8,S .K 様 10,000 個人会員
2/9,U .S 様 10,000 個人会員
2/10,I .Y 様 10,000 個人会員
2/10,E .S 様 10,000 個人会員
2/10,O .T 様 10,000 個人会員
2/10,O .H 様 10,000 個人会員
2/10,N .M 様 10,000 個人会員
2/14,K .T 様 10,000 個人会員
2/14,M .S 様 50,000 寄付
2/14,M .T 様 30,000 個人会員
2/14,K .T 様 20,000 個人会員
2/14,K .K 様 10,000 個人会員
2/14,S .K 様 26,935 寄付
2/14,K .I 様 5,000 寄付
2/15,M .T 様 100,000 寄付
2/15,F .M 様 20,000 個人会員+寄付
2/15,A .M 様 10,000 個人会員
2/15,H .S 様 2,000 寄付
2/17,I .Y 様 10,000 個人会員
2/18,I .A 様 100,000 寄付
2/18,T .H 様 10,000 個人会員
2/18,N .T 様 10,000 個人会員
2/21,K .O 様 10,000 個人会員
2/22,N .M 様 20,000 個人会員
2/22,H .K 様 10,000 個人会員
2/22,S .E 様 10,000 個人会員
2/23,S .M 様 10,000 寄付
2/27,K .H 様 10,000 個人会員
2/28,N .M 様 3,000 寄付
合計 651,935円
誠に有難うございました。

日本は独立自尊の国 (加瀬英明)

 今日から、1403年前になる。推古天皇16(608)年に、聖徳太子が小野妹子を遣隋使として長安の都に派遣して、隋の皇帝に「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙(つつが)無きや」という国書を、献じた。

 皇帝の煬帝がこれを見て、終日、機嫌を損ねていたと、『隋書』が記録している。

 あの時の日本は、中国を刺激することを、恐れなかった。
日本は毅然とそうすることによって、中国を囲む国々がすべて中華帝国に臣従したのにもかかわらず、唯一つ中国と対等な関係を結ぶ国家となった。日本史における最大の快挙だった。

 いったい、日本はいつから中国を刺激することを、恐れるようになったのか。

 アメリカや、ドイツや、インドを刺激してはならないと、いわない。中国、ロシア、韓国、北朝鮮についてのみ、いうことだ。きっと、日本国民がこれらの国々が、〃やくざ並みの国〃であることを、知っているからだろう。怯懦な民となって、よいものか。

 2010年9月7日に、中国漁船が尖閣諸島周辺の領海を侵犯した。海上保安庁の巡視船「よなくに」「みづき」に二回も体当りして、破損させたために、船長を逮捕、漁船を拿捕して、十四人の船員を参考人として拘留した。

 ところが、政府のその後の対応のために、日本の主権と威信を揺るがす重大事件なった。いつの時代にあっても、国威を保つことが必要だ。

 中国漁船が海上民兵に所属して、中央の指令によって尖閣周辺の領海を侵犯した疑いが濃かったのに、船員を十分に取り調べることなく、13日に帰国させて、漁船も中国に返還した。

 9月の中国漁船による侵犯事件は偶発的なものではなく、中国の中枢が中国の海洋戦略にそって、日本側の対応がどうなるか、験すために試みた、威力偵察だった可能性が高い。

 2010年4月から5月にかけて、寧波(ニンポー)基地から東海艦隊の駆逐艦、潜水艦各二隻、フリゲート、支援艦各三隻を含む十隻編成の戦隊が、沖縄本島と宮古島のあいだを通過して、太平洋に進出した。沖ノ鳥島のまわりを巡った後に、引き揚げた。これは中華人民共和国が成立してから、中国海軍による最大で、画期的な機動演習だった。

 政府は中国が中国本土にいたフジタ社員四人の身柄を拘束し、レアアースの日本への輸出を止めるなど、露骨な恫喝を加えられると、膝を屈した。那覇地方次席検事が判断したといって、24日に船長の取調べを中断して、釈放を決め、翌日、帰国させた。船長は帰国すると、英雄として歓迎された。

 菅政権は、中国に船長以下15人の乗組員と漁船を、朝貢したのだった。
政府の措置は日本を辱(はずか)しめ、聖徳太子が隋に1403年前に、国書を送って以来の日本の独立を損ねるものだった。鳩山・菅両政権は「日出づる国」の気概を、欠いている。

 政府は中国に阿(おも)ねて、わが巡視船が撮影したビデオを、秘匿することをはかった。ビデオはようやく11月1日になって、六分あまりに圧縮編集したものが、衆参両院予算委員会に所属する一部の議員に対してのみ、限定して公開された。 

 だが、国民に対しては公開することを、拒み続けた。
巡視船上から撮影した映像は、ありのままの事実をとらえており、国家の機密を損なうものではまったくなかった。政府は国民に目隠ししようとして、国民の「知る権利」を踏み躙(にじ)った。日本が民主主義国であるか、疑わせるものだった。政府は国民を信頼していなかったのだ。

 11月4日に、中国漁船が巡視船に体当たりする44分にわたる犯行の映像が、神戸海上保安部に所属する一色正春海上保安官によって、ユーチューブに投稿されると、全国から膨大なアクセスが、すぐに集中した。

 多くの国民が中国漁船による暴挙を知ることができたことを、喝采するのをよそに、政府は映像を流出させた行為が、あたかも凶悪犯罪であるかのようにきめつけて、犯人探しに現(うつつ)を抜かした。なぜ、政府は中国漁船による暴挙を、隠蔽しようとしたのか。

 ほどなく、一色主任航海士が名乗りでて、「一人でも多くの人に遠く離れた日本の海で起っている出来事を見てもらい、一人ひとりが考え判断し、そして行動して欲しかった」と、述べた。

 映像を流出させたことによって、国民の真実を知る権利を擁護しただけでなく、世界に中国の暴挙を認識させることによって、国益を大きく増進した。

 共同通信が11月12日、13日に行った世論調査は、83%の人が映像が表にでたことが「よかった」、映像が「国家の秘密に当たるか」という問いに対して、「当たらない」という回答が、81%にのぼった。

 政府は中国漁船の船長を釈放した時にも、腰が据わっていなかった。その後、一色海上保安官を罰することができないでいる。

 NHKをはじめ民放テレビがこぞって、一色海上保安官が流出させた映像を、繰り返えし放映した。もし、映像が国益を損ねるものであったとすれば、政府はどうして流出した映像を放映した大手マスコミを、非難しなかったのだろうか。

 11月1日にロシアのメドベジェフ大統領がわが北方領土の国後島を訪れて、北方領土がロシアの固有の領土だと主張した。

 メドベジェフ大統領がこのように不法に振る舞ったのは、日本が中国にだけ謟うのを見て、中国に対する嫉妬心に駆られたものだった。

 もし、日本政府が先の中国漁船による暴挙に対して、毅然たる措置をとっていたとしたら、北方領土に闖入することがなかったはずだった。

 11月23日に、北朝鮮が突如、黄海の韓国領の延坪島に砲撃を加えた。菅首相は第一報を知ってから一時間以上にもわたって、「情報収集に全力をあげる」と、無爲に繰り返した。自衛隊、海上保安庁、警察にただちに厳戒態勢に入るように指示したと、いうべきだった。北朝鮮が万一、日本に攻撃を加えてくるとしたら、そのような余裕がなかった。

 菅首相は翌日になって、はじめて北朝鮮を非難した。かつて村山富一首相が阪神淡路大震災にあたって、対応が大きく遅れたことを批判されて、「何せ、初めてのことじゃったから」と率直に弁明したのを、思い出させた。

 2011年が明ける。中国とロシアの挟み撃ちにあい、日本国民は菅政権の腑甲斐無い対応を目のあたりにして、日本がサンフランシスコ講和条約によって独立を回復してから、はじめて民族の生存本能に目覚めた。

 民主党政権のもとの日本は、危険な幻想に憑かれていた。
一昨年9月に、民主党政権が発足すると、鳩山首相は胡錦涛首席と会談して、得々として、東シナ海を「友愛の海」にしたいと申し入れた。鳩山首相は日本と米中の二国を等距離に置くべきだという、「日米中正三角形」論を唱えた。

 これは、幻想というよりも、妄想だった。爲政者は日米関係は〃魂(しこ)の御(み)楯(たて)〃であり、中国は敵性国家であることを、理解しているべきである。日米同盟を輕んじたのは、由々しいことだった。

 だが、天は日本を見離さなかった。中国とロシアが狼藉を働いたというのに、菅政権が爲すべきことを知らなかったために、隋眠を貪っていた国民が目を覚した。今年から、国民は幻想を払って、現実と取り組むことになる。いや、強いられることとなろう。

尖閣―中国の主張に只の一点も根拠なし 「史実を世界に発信する会」 茂木 弘道

1971年、中国政府はそれまで実質的に日本領と認めていた(地図・人民日報記事その他で)尖閣諸島に対して、突如領有権を主張し出した。よく知られているように、尖閣周辺海底に膨大な石油・天然ガス埋蔵の可能性があると言う国連極東経済委員会の調査の発表を受けてのことである。ノーベル経済学賞受賞者のクルーグマンは昨年の尖閣事件以降の中国の身勝手な振る舞いに対して「ならずもの経済大国」とヘラルド・トリビューン紙で非難した。おいしいものを見た途端に「オレのものだ」と領有宣言をするのは、はまさに「ならずもの」の所業である。さらに図々しくも1992年には領海法を制定して、尖閣を「正式に」領土に組み入れた。

 中国があれほど強硬に主張するのだから、それなりの根拠があるのかもしれないと思う人がいたら、それはとんでもない勘違いである。中国は古い歴史があるのだから、古文書、古地図に何か載っているのではないか、と思うかもしれないが、そんなものは国際法的に何の領有権の根拠になるものではないのである。

 中国政府は、琉球冊封使の記録に、尖閣の図が出ており、記述されているという事を一つの論拠にしている。琉球冊封使の最初の記録は1534年に書かれた陳侃(ちんかん)の『使琉球録』であるが、ここに鈞魚島がでてくる。しかし、これは航海途上の目印的な島として出てくるだけであり、領土とは全く関係がない。そればかりか、明の福建人は航路をよく知らないので、よく知っている琉球人が冊封船の船員の中心となっていたという事がこの本の中に書かれている。つまり、釣魚島を中国人に教えたのは琉球人なのであり、それを記録に書いたから中国の領土だなどという非論理的暴論、というよりも子供並の主張は全く成り立たないのである。

 さらに、航海途上の島の中には当時小琉球と呼ばれた台湾が出てくる。しかし、明の時代には台湾は明の版図には入っていなかったことは云うまでもない。中国人は台湾のことはほとんど知らなかったので、小琉球などと呼び、外夷としていたのである。つまり出ていたからといって領土の根拠には全くならないのである。
 清の時代になり、ようやく台湾を版図に組み入れる。清の時代の最も重要な官選文書に『大清会典』がある。康熙帝の1690年に最初に編纂されたものである。169巻の大部のものである。光緒帝の1899年に出たのが最後の版であるが、ここには台湾省全図・台湾府図・台南府図・台東州府図が掲載されているが。しかしそのいずれにも釣魚島、尖閣諸島はでていない。当然である。住むことはおろか着岸することもできない、航路の標識島を版図と記述するはずもないのである。
 
このように、中国の公文書に尖閣諸島がその版図として記載されたことは皆無なのである。古い記録のある国のことだから何か根拠があるなるだろうと思ったら大間違いである。そんな虚仮脅し的な考えにとらわれてはいけない。中国の領有主張にはこれっぽちの正統性も存在しない、という事をしっかり認識すべきなのである。

SDHF Newsletter No.32:『日中戦争:戦争を望んだ中国、望まなかった日本』

SDHF Newsletter No.32:『日中戦争:戦争を望んだ中国、望まなかった日本』

   『日中戦争:戦争を望んだ中国、望まなかった日本』(北村稔・林思雲共著)(PHP)

 日中歴史共同研究日本側座長の北岡伸一東大教授は、「日本の歴史学者で、日本が
侵略していないとか、南京虐殺はなかったと言っている人はほとんどいない」と読売新聞
に書いています。ということは、日本の歴史学者は、事実と無関係のウソもしくは空論を
まじめに論じていることになります。なぜなら、日支事変の2大重要ポイントを完全に
否定することになるからです。
 第1ポイント:盧溝橋事件では、事件勃発4日後に結ばれた「現地停戦協定」第1条で
「中国側に責任があり、責任者を処罰する」と書かれていたことを無視しています。
 第2ポイント:本格的な戦争は盧溝橋から約1ヶ月後に起こった上海事変です。当時
反日的であったニューヨークタイムズですら、「日本軍は事態の悪化を防ぐためにできる
限りのことをした。だが中国軍によって文字通り衝突へと無理やり追い込まれてしまった
のである」と書いています。(1937年8月30日付)
 広く信じられている「日本侵略者論」は、実は極めて怪しい論なのです。実は当時
中国では日本と戦うべしという世論が圧倒的であり、それに対して日本は戦争を全く望
んでいなかったというのが実情でした。
本書は、こうした事実、そして戦争下の中国社会の実態を豊富な資料に基づいて明らか
にしている画期的な日中戦争論です。いつまで架空の思いこみに囚われて「贖罪意識」
の奴隷になっているのでしょう。本書を英訳発信しました。 「発信する会」 茂木 

The mainstream view on the Second Sino-Japanese War is that Imperial Japan was bent
on destroying China, and the rest of Asia, for purely selfish reasons. However, careful
analysis of the global situation, particularly of the social and political development
of China and the attitudes of the Chinese leadership, indicates that the Chinese were
not the innocent victims of “aggression” as is currently claimed.
In the book “The Reluctant Combatant: Japan and the Second Sino-Japanese War”
(PHP, Tokyo, 2008), authors Prof. Kitamura and Mr. Lin recount the circumstances that
ultimately lead to the Second Sino-Japanese War, demonstrating that the war was neither
a Japanese“war of aggression” or that China was a “helpless” victim.
A complete translation of this is book is now available at our Website.

* Summary: http://www.sdh-fact.com/CL02_1/78_S2.pdf
* Full text: http://www.sdh-fact.com/CL02_1/78_S4.pdf
* Author profile: http://www.sdh-fact.com/CL02_1/78_S3.pdf
Questions are welcome.

Sincerely,

MOTEKI Hiromichi, Secretary General
for KASE Hideaki, Chairman
Society for the Dissemination of Historical Fact

『日中戦争 戦争を望んだ中国 望まなかった日本』(北村稔・林思雲)

『日中戦争 戦争を望んだ中国 望まなかった日本』(北村稔・林思雲)

The Reluctant Combatant
Japan and the Second Sino-Japanese War

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1月の集計

1月に頂いたご支援の集計です

1/4,K .K 様 10,000 個人会員
1/5,A .Y 様 10,000 個人会員
1/5,T .N 様 10,000 個人会員
1/5,I . M 様 10,000 個人会員
1/7,O .K 様 10,000 個人会員
1/7,S .Y 様 10,000 個人会員
1/11,S .K 様 26,815 寄付
1/11,T .S 様 10,000 個人会員
1/12,S .T 様 10,000 個人会員
1/13,O .Y 様 10,000 個人会員
1/13,K .I 様 5,000 寄付
1/14,U .K 様 10,000 個人会員
1/14,O .T 様 10,000 個人会員
1/14,A .T 様 20,000 個人会員
1/17,K .T 様 10,000 個人会員
1/17,N .Y 様 10,000 個人会員
1/17,W .M 様 10,000 個人会員
1/17,T .K 様 30,000 個人会員
1/17,M .H 様 100,000 賛助会員
1/17,M .S 様 10,000 個人会員
1/18,S .T 様 10,000 個人会員
1/18,K .K 様 10,000 個人会員
1/18,K .T 様 10,000 個人会員
1/19,S .M 様 10,000 寄付
1/19,T .M 様 10,000 個人会員
1/20,N .M 様 3,000 寄付
1/20,N .G 様 20,000 寄付
1/20,H .N 様 10,000 個人会員
1/21,T .S 様 10,000 個人会員
1/24,H .T 様 10,000 個人会員
1/24,D . I 様 10,000 個人会員
1/25,N .S 様 20,000 個人会員+寄付
1/26,M .S 様 20,000 個人会員
1/27,G .N 様 20,000 個人会員+寄付
1/27,T .M 様 10,000 個人会員
1/27,M .T 様 10,000 個人会員
1/28,M .Y 様 10,000 個人会員
1/31,W .S 様 10,000 個人会員
合計 544,815円
誠に有難うございました。

ならずもの経済大国   「史実を世界に発信する会」茂木 弘道

一、 ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンが中国の対日レアアース禁輸措置に関して昨年、ヘラルドトリビューン紙(10月19日付け)に寄稿し、「これはWTO違反であり、世界が合意したルールを守らず人民元を不正にやすく操作する中国は「ならず者経済大国」だ」ときめつけた。もっとも今頃そんなことを言い出すのはちょっと甘いのではないかと言いたくなる。これまで「ならずもの」を放置してきたからである。

二、 その最たるものは、人民元の自己中的な大幅切り下げである。最近人民元を一定の範囲で変動を許し、結果として20%ほど切り上げたのであるが、これはとても国際相場を反映したものではなく、中国政府の不正操作は明らかである。クルーグマンもそれを指摘しているのだろうが、どっこい中国の人民元不当操作は、その程度のものではないのである。次の数字を見てほしい。

                80年=100 90年=100
1980年 1ドル=1.53元     100
1990年 1ドル=5.22元      29     100
1995年 1ドル=8.31元      18      56
現在    1ドル=6.60元      23      79

三、 このように、1980年の頃は、人民元は1ドル1.53元という今からでは考えられない高いレートであった。元は中国人民の勤労によって支えられている世界で最も安定した通貨である、などとほらを吹いていたくらいである。しかし、改革開放・市場自由化政策を進めると人民元の過大評価に直面し、何と71%切り下げて、5.22元としたのである。競争相手である、東南アジア諸国等の低賃金国に対する強烈なパンチとなった。当時は中国自体の生産能力がそれほど大きくなかったので大きな問題とはされなかった。しかし、中国は1995年、さらに一方的に37%の切り下げを行い、8.31元とする。これは東南アジア諸国には大打撃となった。1997年から始まるアジア通貨危機は、ヘッジファンドの通貨操作が悪者として非難されたが、実はより根本的な理由は中国のこの大幅元切り下げにあったのである。

四、 80年代からすると18%という超低レートに強引に切り下げるという自己中的「近隣窮乏化」政策によって、輸出の大発展を遂げ、遂に世界一の外貨保有国家になりあがった。これを「中国モデル」などと得意になっているが、なんのことはない「ならず者モデル」にほかならない。元を以前の1.53に戻せとまでは言えないにしても、1990年切り下げ時の5.22までは戻せ、とくらいいうべきではないのか。20%強切り上げるとそうなる。それすら言ってないのがアメリカである。アメリカも、世界も日本も中国に甘すぎたつけを目下払いつつあるという事である。

「外国人参政権」を当然と考える議員がなぜ多いのか― 「史実を世界に発信する会」 茂木 弘道

一、      「外国人参政権」は日本国憲法にすら明らかに違反している暴論である。その第一五条には「公務員を選定し、及びこれを罷免することは国民固有の権利である」と明記されている。地方参政権はこれに当てはまらない、などと解釈される余地もゼロである。にもかかわらず、民主党、社民党、公明党の議員のみならず、自民党にもこれを支持する議員がかなり存在する。不思議なことに、憲法護持派の議員にこの主張をするものが多いということだ。これは一体どういう事なのか。

二、      こんな奇妙奇天烈な考えが広まっていったのには実は「教科書」が果たした役割が大きいのである。小山常実教授の近著『公民教育が抱える大問題』(自由社)にそのからくりが明かにされている。

1)      昭和40年に出版された朴慶植著『朝鮮人強制連行の記録』は事実捏造に満ちたトンデモ本というべき内容のものであるが、左翼の間に広がり、いつの間にか歴史学者の間に定着してしまうようになった。そもそも日本人にも適用された「徴用」を「強制連行」などと称することが基本的に間違っている。

2)      昭和53年以降の歴史教科書には何と70万強制連行説が堂々と記述されるようになったのである。

3)      強制連行説が歴史教科書で広まったのを受けて今度は公民教科書がさらなる歪曲を重ねる。平成五年度版以降の公民教科書は、在日韓国・朝鮮人は強制連行されてきた人たちの子孫であると記述するようになったのである。

4)      公民教科書では人権・差別について強調する傾向が強まっているが、平成九年度以降「平等権」の例として在日韓国・朝鮮人差別の問題を大きく扱うようになり、参政権を与えないのは差別であると位置づけるようになるのである。現在では扶桑社版の公民教科書以外ではこう主張されているのである。

三、      要するに、公民教科書は在日に参政権を与えないのは差別だと説いているのである。従って、教科書の説を鵜呑みにしてよく勉強してきた学校優等生の議員は、外国人参政権を当然のこと、正しいことと考えているわけである。また日本国憲法護持派は「人権」第一派でもあるので、実は憲法大違反という事も忘れて(理解せずに?)外国人参政権に賛成しているというわけである。

四、      教科書は全く間違っている。強制連行など存在しないし、更に徴用で日本に来た朝鮮人で昭和34年時点で残っていた人も245人に過ぎなかった(平成22年衆議院外務委員会で確認されている)。ほとんどの在日は「望んで」日本に稼ぎに来た人たちの子孫なのだ。贖罪意識を植え付ける「強制連行」などという虚言、さらに在日がその子孫だなどとウソを書く教科書を許してはならない。こんなウソにだまされて愚かな主張をしている議員諸君は猛省すべきである。

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