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資料室

「太平洋戦争は勝てる戦争だった-文系支配が敗戦をもたらした」山口九郎右衛門著、草思社、2009年8月発行、¥2,000+税


著者は1931年、神奈川県生まれ。石油会社勤務時、テキサス大学を卒業(修士)。
著者は本書で、アメリカはヨーロッパとアジアの両方で戦争をしていたのだから、日本が太平洋戦争(大東亜戦争)に負けたのは工業力の差ではなく、国家の経営力の差であったということを、航空戦力の詳細な分析などを通して主張している(ただし、あまり読みやすい本ではない)。
具体的には、①空軍省の設立、②航空燃料の自給自足(人造石油の開発)、③(軍用機の)少品種多量生産の社会化、④航空技術力の集中活用法、⑤少年操縦員と科学技官の優遇人事、⑥最高指導層の特別教育(国民満足の再教育)などの欠落を敗戦の要因として挙げている。それらすべてに実現の可能性がなかったわけではないが(実際は日本は日米戦争を想定しておらず、当時の統治システムでは実現が困難であった)、物的証拠により論理的・科学的に物事を進めていくという方法(著者は、帰納法的思考のルールと表現している。数学的・理科的思考方法のこと)がマスコミを始め国家の指導層に欠けていた(いわゆる文系支配)のが原因だと分析している。同じ傾向は戦後の日本の国家組織や政治的指導者、マスコミなどにも共通して存在しており、日本の政治的指導層の体質は戦後もほとんど改善されていない。そのことを端的に示しているのが最近の原子力(放射線)をめぐる政策の混乱である。放射性物質の崩壊過程に伴って放出される極微粒子(Heの原子核、電子、中性子、陽子)の高速な流れや電磁波(広い意味でのエネルギー)が放射線であるにも関わらず、放射線を何かフグやハブなどの猛毒のような、あるいは砒素や青酸カリのような猛毒物質と同じような扱いをして、わずかな放射性物質の除染などに貴重な血税を浪費している(福島県の飯館村でも1000ベクレル弱=0.02マイクロシーベルト程度の放射性物質量)。物質的エネルギーには良いも悪いも無く、ただ波長(周波数)の違いや強弱(量)の差があるだけで、たとえば、同じ熱でも厳冬に白金カイロは有難いが猛火は人の命を奪うようなものである。一定限度までの放射線(エネルギー)は人間の健康増進や病気治療に有用であることはすでに数多くの科学的研究により立証されている(“「医師がすすめる低放射線ホルミシス-驚異のラドン浴療法」川嶋朗監修、ローカス、2008年7月発行、¥1,143+税”、“「医師がすすめる低放射線ホルミシス2-ラドン浴の実践」川嶋朗監修、インフォレスト、2009年11月発行、¥1,400(税込み)”、“「放射能を怖がるな!ラッキー博士の日本への贈り物」T.D.ラッキー著、茂木弘道訳・解説、日新報道、2011年8月発行、¥1,000+税”、“「「放射能は怖い」のウソ」服部禎男著、武田ランダムハウスジャパン、2011年8月発行、¥980+税”、“「明るい未来への道筋 原発興国論!」渡部昇一著、月刊Will2012年4月号掲載、ワック出版”[後に、「原発は、明るい未来の道筋をつくる!」としてワックより出版(2012年4月発行、¥476+税)]など参照)。具体的には、危険量の閾値(上限)は急性被爆で100ミリシーベルト程度、慢性被爆で年間1万ミリシーベルト(1日毎時平均約1.14ミリシーベルト)。下限は年間2~3ミリシーベルト(自然環境)。健康に最適の値は年間100ミリシーベルト(1日毎時平均約11.4マイクロシーベルト)で、毎時10ミリシーベルトまでは人間の遺伝子(DNA)は修復能力を持っていることが科学的に証明されている(1996年)。これだけの科学的データがあるにもかかわらず、日本政府が非常識な規制値にこだわるのは、日本政府が国際放射線防護委員会(ICRP、民間組織)の勧告を批准しているからです。ICRPの勧告は80年も前の研究データによる仮説に基づいて作成されており、ここ30年余りの数多くの研究結果をまったく反映していない。ICRPはガリレオ・ガリレイの地動説を異端としたローマ教皇庁の現代版である(ちなみに、ローマ教皇庁がコペルニクス説禁止の布告を出してから地動説を正式に承認するまで、376年かかっている)。科学に政治が介入すると、考えられないような愚行を続ける典型的な例と言ってよい。日本政府は一日も早くICRPから抜けて、多くの科学的データに沿った原子力政策に変更すべきです。
原子核反応により放出される主な放射性物質(核種)は、セシウム137、ストロンチウム90、ヨウ素131、プルトニウム239なのだが、これらの物質が体内に取り込まれた場合の化学毒性については、特に有害だとの報告は無い。ただ、ヨウ素131だけは甲状腺に集積されるので注意を要するが、物理半減期が8日間と短く(生物半減期は80日)、大量の摂取でない限り、日常、通常のヨウ素127の含まれるコンブなどの海藻類を摂取していれば特に心配する必要は無い。原発を持つ国では通常、大量の被爆に備えてヨード剤を備えるようにしているようだが、ヨード剤は妊婦にはリスクがあったり、ヨードの過剰摂取の問題などもあり、ほんとうに大量摂取の危険のある時は避難するのが最善である。[なお、セシウム137は筋肉や全身に、ストロンチウム90は骨や歯に、プルトニウム239は骨、肝臓、肺に集積される(“世界の放射線被爆地調査”高田純著、講談社、2011年4月、¥980+税“参照)。]
古来「薬石効無く」という言葉があるが、食物でもない石(鉱物)が病気治療に役立つというのは、石が出すエネルギーが効く以外には考えられない。薬石というのは放射性物質のことだと筆者は理解している。原子力が大量殺戮兵器という形で広く世に知らされてしまったため、そのことに目がくらみ、科学的真実を見ようとしない問答無用の人たちがこの国を動かしている。広島・長崎の原子爆弾による被害にしても、放射線による被害は異常に大量の放射線を一度に浴びた爆心地における急性放射線障害や高濃度の放射性降下物があった一部の地域のみで、原子爆弾による被害の大半は高熱と爆風によるものである。いわば、残虐な米軍得意の巨大な火炎放射器で焼き尽くされたというのが実態でしょう。福島第一原子力発電所の事故の場合、核反応は自動停止しており、原子力運転員の急性放射線障害も無く、発電所施設外へ放出された放射性物質も危険なほどの量ではなかった(“「「放射能は怖い」のウソ」服部禎男著、武田ランダムハウスジャパン、2011年8月発行、¥980+税”、“世界の放射線被爆地調査”高田純著、講談社、2011年4月、¥980+税“参照)。しかもあれだけの地震と津波にも関わらず、福島からいくらも離れていない東北電力の女川原子力発電所は深刻な事故を起こしていない。これは原子力発電所の建設に際して、東京電力の方が東北電力より”文系支配“(文官官僚支配傾向)が強く、意思決定においてほんものの専門家(技術者)を廃した度合いが強かったからだと推測できる。つまり問題は統治システムにあるのであって、今回の事故がただちに原子力発電所が危険だということを意味しない。正義感ぶってさまざまな邪悪な意図を隠し、科学的態度や事実認識とは関わりなく自説を押し通そうとする無知で悪意に満ちたマスコミや似非学者と、正常な判断力の欠如した政府が扇動して国民の大多数を狂乱状態に陥れたときのこの国の状態は、正に夢遊病者そのものである。これは日本人の、というよりも人間集団の持つ本質的な狂気なのかも知れない。中世ヨーロッパにおける魔女狩り、地動説に有罪判決を下したローマ教皇庁(天動説)、共産主義とルーズベルト・トルーマン政権の狂気など、人類史において類似の実例には事欠かない。
薩長を中心とする勢力による武力革命であった明治維新後の一時期(明治時代)を過ぎ、国家の制度が整うにつれ、外国との戦いを想定しなくて済んだ平和な江戸時代の門地(家柄)による身分が学歴による身分に変わっただけで、日本の指導組織は目的遂行型の機能的組織ではなく、身分維持型(利権保持型)の人事制度になってしまい、大東亜戦争のような非常時に強力に目的を遂行することのできない組織となっていた。その背景に、明治憲法が持っていた制度的欠陥に加えて、高等文官試験の合格者による支配層の独占や軍部における兵学校での年次・成績主義などがあり、戦前の日本の指導組織が文系(官僚)支配で、科学的・合理的・合目的的に行動できなかった原因があると著者は主張しているのである。そしてそのことは、戦後の日本においてもあまり改善されていないように見える。日本はアメリカとの戦争において、兵隊の質、兵器の性能、アメリカの物量に敗れたわけではない。日本自身の統治システムの欠陥から来る国家・戦争指導層の致命的な失敗の積み重ねにより敗れたのである。指導層の人事制度を身分制度にし、本物の専門家を排して素人の文系官僚群が重大な意思決定を行うという利権システムを変更しない限り、今後も類似の失敗や国家的な事故を繰り返すことになるのは目に見えている。
まともな法的根拠のない、戦勝国によるリンチのような東京裁判史観が日本独立後も日本人から容易に払拭されないのは、多くの国民が徴兵により強制的に戦地へ送られながら、戦争指導層の数々の失敗により悲惨な敗戦に至った責任を、結果的に東京裁判が戦争指導層だと思われていた人達に取らせたことを、国民の多くが暗黙のうちに認めているからではないか。そういう意味で、「宣戦布告なき戦争」を始めていたのはアメリカであった(フーバー大統領回顧録など参照)としても、真珠湾攻撃前の対米宣戦布告を怠り、そのことをルーズベルト政権にさんざん利用されて国益を損ねた、当時の外務省関係者が責任を取らされていないのは不条理というしかない。
航空兵器の分析から太平洋戦争(大東亜戦争)を分析した類似の著書に、“「零式艦上戦闘機」清水政彦著、新潮社、2009年8月発行、¥1,400+税”がある。著者は1979年生まれ(東京大学経済学部卒、弁護士)と年は若いが、分析は詳細で正鵠を射ており、文章も読みやすい。同書で著者は結論として、「筆者には、零戦と米軍機の勝敗を分けた最大の要因の一つが、日米両軍の「総力戦」に対する覚悟の差と、その差から派生する戦術・空中指揮に対する工夫の差であったように思われる」(“おわりに”より)と述べている。これは前記の著書同様、戦争指導層の戦争遂行能力の差、つまりは国家レベルでのソフトの差ということを意味している。





「「太平洋戦争」は無謀な戦争だったのか」ジェームズ・B・ウッド著、茂木弘道訳・註、ワック、2009年12月発行、¥1,600+税

著者は米国の大学教授(歴史家)。訳者は1941年、東京都生れ(「史実を発信する会」事務局長)。本書は、軍事史に興味を持ち関連著書もある米国人である著者が、「日本は「太平洋戦争」の戦い方を誤った」ということを数多くの資料から解説・証明している試み。訳者は、英語圏の著者が採用することのできた資料の偏りから来る誤解を、一つ一つ丁寧に「訳者注」として訂正・解説している。
“そもそも大東亜戦争に対する日本の基本戦略は、東南アジアの資源地帯から米英蘭勢力を駆逐した後は、対米、すなわち太平洋は防御、攻勢の主方向は、インド洋と中国であった。開戦直前の昭和十六年十一月十五日の大本営政府連絡会議で採択された「対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案」にはこのことが明記されている。この基本戦略通りに戦ったならば、日本が負けることにはなりえなかったと思われる。・・・英を脱落させ、中を脱落させ、米をして戦争継続の意欲を喪失せしめる、という極めてまともな勝利を目指しているのである。”、“「戦力は根拠地から戦場への距離の二乗に反比例する」というよく知られた戦いの原則からすると、たとえアメリカが日本の十倍の戦力を持っていたと仮定しても、戦場の選び方によっては・・・日本は圧倒的に優位な戦力と化すのである”(訳者まえがきより)
その基本戦略に反する戦いを始めたのは、海軍の山本五十六連合艦隊司令長官であった。「真珠湾攻撃は海軍軍令部が猛反対したにもかかわらず、最後には、山本提督が作戦前夜に連合艦隊司令長官辞任の意向をちらつかせることによって自説を押し通した」(第1章より)。さらに山本提督と彼の参謀は、再び山本提督が連合艦隊司令長官を辞任する旨を表明することにより、初期の戦争計画に反するミッドウェーでの戦いを、海軍軍令部の猛反対を押し切って実行した。(第1章) 
山本提督一派によるパフォーマンスのようにしか見えない戦い方だが、最初の真珠湾攻撃で意見の対立が生じたとき、山本提督を更迭するだけの力(それだけの人物)と覚悟が海軍上層部になかったということなのか。結果、日米戦争での日本の戦いは相手(米国)のリングで戦うことになり、惨憺たる負け戦になったことは史実が示す通りである。東京裁判で連合国が主張したような「戦争責任」は日本側にではなくむしろ米英中ソ側にあることは明らかだが、日本の戦争指導者には日本国民に対する「敗戦責任」がある。徴兵により悲惨な戦場に送られた多くの一般国民は、戦争の仕方を誤った指導層の犠牲者であったとしか言いようがない。筆者の田舎の隣保(隣組)は筆者の実家と四軒の小規模農家から成っているが、四軒の農家からはすべて当時の働き手が戦争に取られ、一人も帰って来なかった(筆者の実家のみ、年齢の関係で徴兵が来なかった)。かれらの立場で考えれば、戦争が終わり、農地改革による利益を与えてくれた米占領軍は、ある種の解放軍のように映ったとしても非難はできない。東京裁判史観がこの国から容易に払拭されない根底には、全国的にこうした史実が横たわっているのである。
著者は本書で、護送船団方式による輸送船団保護、潜水艦部隊による米国商船・補給船への攻撃、太平洋への陸軍投入のタイミングなど、一つ一つ詳細に日本軍の戦い方の失敗を分析しているが、その根本には「勝利病」を退け、帝国内部から外側へ向っての縦深的で効果的な国防圏を構築するという戦略が取れず、戦域を過剰拡大した戦略の失敗があったと指摘している。日本の勝利は「何もワシントンに日章旗を立てる」などということではなく、米の戦争継続の意欲を喪失せしめて和平に持ち込むことであったはずだが、現実は正反対の戦い方をしてしまった。何かその背後には目に見えない大きな力が作用していたとしか考えようがない。イギリスの生物学者であるチャールズ・ダーウィン(1809~1882)は、その著、「種の起源」で“適者生存”ということを説いているが、人間界においても短期的には「正しい者より強い者」が、長期的には「強い者より環境適応力に優れた者(適者)」が勝利する。日本の明治憲法下の政治体制は明治維新後70年近くを経て、すでに時代に合わないものとなっていたのである。現在の日本国憲法も制定後すでに60年以上を経過しているが、果たして日本人は今後、時代の変化に合わせて改正していくことができるだろうか。

「学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史〈上〉1492~1901年、〈下〉1901~2006年」ハワード ジン著、レベッカ ステフォフ編著、鳥見真生訳、 あすなろ書房、2009年8月発行、各¥1,575(税込み)



著者ハワード・ジンは1922年(-2010年1月)、米国ニューヨーク州生まれの政治学者、歴史家、評論家(ボストン大学政治学科名誉教授)。公民権運動や反戦運動で活躍した。レベッカ・ステフォフは歴史・科学読物作家(ペンシルバニア大学修士)。翻訳者の鳥見真生は東北大学法学部卒。
本書は、著者の “「民衆のアメリカ史」(上巻)(下巻)(世界歴史叢書)、猿谷要監訳、明石書店、2005年1月発行、各¥8,400(税込み)”を若い世代向けに編集したものである。「純粋な事実というものは(書かれた歴史には)存在しない、ということにはすでに気づいていた。学校の教師や作家が世界にさし出すあらゆる事実の陰には、判断がある。判断とは、この事実は重要だが、こちらの事実は重要ではないから省略してもかまわない、というものだ」(下巻第14章より)。
本書においても他のアメリカ人著述家同様、日中・日米戦争やアジアの歴史に関する無知などが一部みうけられるが、通常のアメリカ通史とは異なり、民衆の立場でアメリカ合衆国の歴史を描いた、生きた人間の歴史書であると言える。著者は、「自分の過ちを正すには、わたしたち一人ひとりが、その過ちをありのままに見つめなければならない。・・・わたしの考える愛国心とは、政府のすることをなんでも無批判に受け入れることではない。民主主義の特質は、政府の言いなりになることではないのだ。国民が政府のやり方に異議を唱えられないなら、その国は全体主義の国、つまり独裁国家である・・・政府は批判の及ばない神聖な存在ではない、と『独立宣言』ははっきりとうたっているのだ。なぜなら政府とは、<生命、自由、幸福の追求>という、万人に等しく与えられた権利を保障するため、人々によってつくられた人為的なものだからである。・・・政府が責任を果たさない場合には、<その政府を改変もしくは廃止して新しい政府を設立することは・・・人々の権利である>」(はじめにより)と述べている。
現代の世界において、近隣諸国に無法なロシア、共産党一党独裁の匪賊集団-中国、ウソで固めた韓国・朝鮮のような非常識な国家群をかかえた日本のような国にとって、国家防衛のための同盟国としては、相対的によりましなアメリカ合衆国しか無いことは明らかである。にもかかわらず、多くの日本人にとって、アメリカ合衆国という国のほんとうの歴史は案外知られているようで知られていない。外面的な華やかさの陰に潜む真のアメリカ合衆国は、本書に描かれているような多くの「差別と貧困と戦争の国」(訳者あとがき)、「ここは食うか食われるかの国 強きが弱きをくじくところ」(若き黒人詩人ラングストン・ヒューズの詩の一節、下巻第三章)なのだ。世界一裕福な国の富の多くは、ごく一部の貪欲な最富裕層に独占されている。そのことは実際、アメリカ合衆国に住み、働いてみればよく分かる。一言で言えば、世界の多くの国の根源的な問題は、“共生”の思想の欠如に由来しているのだと思う。縄文時代以来、数千年を超えて“共生”の思想に支えられた日本だけが、いわば世界で特殊な環境に置かれていたのだといえる。これからの世界を生きていくうえで、わたしたち日本人はそのことをよくよく考えてみる必要がある。
一般的なアメリカ通史としては、(新版)世界各国史の中の“「アメリカ史 (世界各国史)」紀平英作 (編集) 、山川出版社、1999年10月(新版)発行、¥3,675(税込み)”などがある。
戦後史を含めたアメリカの近現代史としては、「オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史」(全三巻)、オリバー・ストーン、ピーター・カズニック共著、大田直子、鍛原多惠子、梶山あゆみ、高橋璃子、吉田三知世共訳、早川書房、2013年4~6月発行、一・二巻共¥2,100、三巻目は¥2,310(税込み)が参考になる。

「日本を誤らせた国連教と憲法信者」加瀬英明著、展転社、2004年7月発行、¥2,100(税込み)


著者は評論家、史実を世界に発信する会代表。著者は本書で、日米戦争開戦10ヶ月前にアメリカは国務省の中に日本の戦後処理に関する「特別研究班」を設置していた事実を紹介している。

「交渉術」佐藤優著、文春文庫、2011年6月発行、¥705+税

著者は1960年生まれ。外交官を経て、現在、文筆家。在ロシア連邦日本国大使館に勤務後、外務本省国際情報局分析官としてインテリジェンス業務に従事した経歴を持つ。
筆者に本書の内容を評する知識も能力もないが、とにかく面白い。本書は読者に国際政治の最前線の一部を垣間見させてくれるだけでなく、人間社会の現実を鋭く描いており、過去の史実を理解する上で有効だと考え、資料室に掲載する。
著者は本書のあとがきで、ソ連崩壊のシナリオを描いたというロシアの高官、ブルブリス氏の言として、「過去の歴史をよく勉強しろ。現在、起きていること、また、近未来に起きることは、必ず過去によく似た歴史のひな形がある。それを押えておけば、情勢分析を誤ることはない」という言葉と、「人間研究を怠るな。その人間の心理をよく観察せよ。特に、嫉妬、私怨についての調査を怠るな」という言葉を紹介している。
なお著者には、“「国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて」新潮文庫、2007年10月発行、¥740(税込み)”、“「自壊する帝国」新潮文庫、2008年10月発行、¥820(税込み)”、“「国家論-日本社会をどう強化するか」NHK BOOKS、2007年12月発行、¥1,160+税”、“「日本国家の神髄-禁書『国体の本義』を読み解く」扶桑社、2009年12月発行、¥1,785(税込み)“、“「インテリジェンス人間論」新潮文庫、2010年10月発行、¥740(税込み)”など、多数の著書がある。




「世界 全戦争史」松村つとむ著、エイチアンドアイ、2010年11月発売、¥15,750(税込み)

著者は陸上自衛隊出身の軍事研究家(故人)。二千数百年にわたる人類の全戦争の歴史について記述した研究書。原始仏典を読めば、人間の本質は二千数百年昔も現在も少しも変わらないことに気づかされるが、戦争の絶えることの無いのが人間世界であることを本書は事実を以って証明している。戦後の日本には、日本が軍備の増強さえしなければ戦争は起こらない、今後日本が侵略されることも無い、というような何の根拠も無い神話や空想、平和信仰が、日本を弱体化させようとする左翼や反日勢力によって意図的に広められているようですが、これほど危険なことはありません。人間という生き物は、全体としてみれば善よりも悪の要素の方が勝っている生き物です。戦争より平和の方が大切なことは議論の余地がありませんが、その大切な自国の平和を守るためには、常に戦争に備え、他国からの侵略に対する十分な警戒を怠ってはならないことを本書は暗に教えています。類書のほとんど無い大作です。

「日本は世界4位の海洋大国」山田吉彦著、講談社、2010年10月発行、¥838(+税)

著者は1962年、千葉県生れ(大学教授)。多くの日本人には「日本は資源の乏しい小さな島国」という認識が普通だと思われるが、排他的経済水域までの海洋を含めると、日本の領土・領海は広大な面積になり、各種の資源を豊富に有していることを本書は解説している。陸上交通や航空機の発達とともに、海洋に対する日本人一般の認識は嘗てに比べて弱くなっているように見えるが、単に海洋資源だけでなく、大量の物資の輸送や国防上の観点からも海洋の重要性が減少しているわけではないことを、日本人は改めて認識すべきです。

「日本は世界5位の農業大国」淺川芳裕著、講談社、2010年2月発行、¥838+税

著者は1974年、山口県生れ。月刊「農業経営者」副編集長。本書で、政府の農業政策のデタラメを暴いている。戦後、ほとんど一貫して日本国政府の農業政策は必ずしも農民のための政策でなかったことは、筆者のような農村出身者には自明のことだが、その根本には農水省を始め農業関係に寄生する集団の利益擁護の意図が存在していることが良く分かる。日本の官僚制度の悪しき側面が現れている分野の一つである。政策しだいでは日本の農業産業は、十二分に世界に伍していける成長産業であることを著者は強調している。産業構造がどのように変化しようが、食(農)が国家の礎の一つであることに変わりはない。

「「領土問題」の真実」水間政憲著、PHP研究所、2010年12月発行、¥1,600(+税)

著者は1950年、北海道生れ、近現代史研究家・ジャーナリスト。アジア極東経済委員会が尖閣諸島周辺海域に約800兆円に上ると推定される海底油田・天然ガスの埋蔵の可能性を指摘して以降、何の根拠も無く尖閣諸島の領有権を主張してきた中国の共産党独裁政府、日本の敗戦後のドサクサに勝手に李承晩ラインを設定して竹島を韓国領だと強弁してきた韓国政府(後に、竹島周辺海域にはメタンハイドレートが眠っていることが判明)、日本がポツダム宣言を受諾して戦闘行動を中止した後にも戦闘行動を継続し、「北海道・北方領土占領計画書」に沿って日本領土(南樺太・千島列島・北方4島)を侵略・不法占拠しているロシア(旧ソ連)。日本はこのような国々に取り巻かれているのが現実です。著者は多くの一次資料を駆使して、領土問題に関する彼らの捏造を本書で明らかにしている。尖閣諸島も竹島も北方領土(4島)も、日本固有の領土であることは歴史的資料から明らかです。尖閣海域でのアメリカとの石油資源の共同開発を著者は本書で提案している。 
加えて著者は、靖國神社参拝問題やシナ大陸の「毒ガス兵器処理問題」にも多くの紙面を割き、偽善を通り越して中国・韓国政府以上に反日的な勢力が日本の新聞・TV、政府・政治家などに巣くっていることを告発している。
アメリカ合衆国は中国(蒋介石一派)と組んで過去に不当にも日本に戦争を仕掛けた張本人であるが、良くも悪くも民主主義の大国である。国民の意識が変われば政策の転換も早い。現在の日本の同盟国としては、前記三国に比べてはるかに相対的にマシな国家だと言える。そのアメリカ国民を動かす情報戦において、戦前、日本は(旧)ソ連と中国(蒋介石一派)に完全に敗れていたのである。その状況は現在も大して改善されていない。

「中国はなぜ尖閣を取りに来るのか」藤岡信勝、加瀬英明編、自由社、2010年12月発行、¥1,575(税込み)

尖閣諸島に関する問題をテーマに、10名の識者が尖閣諸島帰属問題の歴史的事実や中国共産党政府の意図などについて、基礎的知識の解説や対談を通して日本国民に警鐘を鳴らしている。

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